2022-08-01から1ヶ月間の記事一覧

木魚歳時記第4892話  

とまたひとしきり念仏をはじめ『何も分ける物もない。せっかく推参の礼に膝(ひざ)でも貸そう。眠って帰りやれ、お身たちに安眠の場もあるまいが、わしの膝なら大丈夫、安心して眠れよう。わしが守って進ぜるから』といわれて、念仏を子守唄にいい気持ちで…

木魚歳時記第4891話

『ただ、江口の君たちが、たってと取らせた発心(ほっしん)のしるしという黒髪の束、いずれも長くつやつやしいのを二十穂本ほど忝(かたじけな)い志と納めたほかは、わが身の物とては、この手垢だらけの木の実の古念珠(じゅず)が一つ、もめんと麻との黒…

木魚歳時記第4890話

『ご房は世に高名の上人とか、定めし道中のお布施も多かろう。それを分配頂こうとわれら兄弟で参上、お驚かせ申して相すみませぬ』というと、静かに伏せていた眼をかっと見開きただならず光らせて、『それはご苦労、相すまぬはこちらのこと、日々の糧(かて…

木魚歳時記第4889話

「押し入っても念仏は少しのみだれもないで、かえって声に力が入ってくるばかり、その時から気を呑まれていたが、あとがますますいけない。わしは何度となく戦場にも出たが、あんな恐ろしい目にあった事はない。な、青鬼、よぼよぼの老いぼれ法師、一喝すれ…

木魚歳時記第4888話 

その夕方、赤鬼青鬼は飛び出した時の元気にも似ずすごすごと帰った。不景気な顔は問わずして仕事の不首尾を語っていたが、待ち受けた定明が問うと、彼らは大のふきげんで報告した。「小豆島(しょうどしま)から豊島(としま)、男木島(おぎしま)、直島な…

木魚歳時記第4887話  

人のよさが彼を一人前の悪漢にしなかった代わりに、同輩や後輩から常に愛すべき好漢として生活を保障されたのがかえって禍し、悪い仲間から生涯足が抜けなかった。 今さら気をもんでみても仕方ないとあきらめ、勧めるままに旅の疲れをいいわけに早く床につく…

木魚歳時記第4886話 

(五)室の津に来て旧知の家にころがり込み、赤鬼、青鬼を海上の仕事に送って後、彼は上人の昔の小矢児とも知らないが、若者らの行動を想像して落ちつけない。彼には悪漢の素質は絶無であった。ただもののはずみで運悪く、柄にない悪の世界に落ち込み、境遇…

木魚歳時記第4885話 

「やらないでおくかよ」「でも決してあやめるなよ。罰はてきめん、おれは若い時、人をあやめそこねてこの身の上だ」 赤鬼、青鬼は合点してふるまい酒も二、三杯で盃を捨て、「ぐずぐずしていては追つくに骨が折れるから」 と、席を蹴って、夕闇の中に飛び出…

木魚歳時記第4884話 

「わかっているよ。いま海から来たが、途中でその上人の船を見て来た。遊女どもが日傘の下で歌いながら上人の船へ漕ぎ寄せるところを、上人になんで遊女の用があるのかと思ったら、道理で、破戒僧の総元じめの流され上人か」「で仕事はやるな」(佐藤春夫『…

木魚歳時記第4883話 

といわれて、二人のたくましい若者はどしりと座敷へ上り込む。おやじは、彼らを引き合わしていう。「この若い衆たちは今ほど話した頼もしい赤鬼、青鬼どのだ。それでこちらお父っつあんはわしも永年世話になっている兄貴だ。この兄貴がお前さんがたにいい仕…

木魚歳時記第4882話 

と見ているうちに視野をさえぎって半間はばの土間一ぱいに通って来るものが近づいて来たので首をひっこめた。「おやじ、何か用かい。また酒手の催促ならもう沢山だぜ」と座敷にへ首を出していう。二人は酒気は帯びていないがてっきり赤鬼、青鬼である。おや…

木魚歳時記第4881話 

「奴らも大ぶん酒手(さかて)の支払いをためて置きやがるから、おれからもすすめてやらせるよ。どうれちょっと表へ出て来よう。もう来ているかも知れない」と表に出て行った店のおやじは座敷に帰ってきたが、「鬼どもはまだだった。来ればすぐ知らせるよう…

木魚歳時記第4880話 

「そうだ。身の上は明かさないが、どうも平家の残党らしいのだが、兄弟でどちらも一升酒をあおるのだが、ひとりは飲めば赤くなるし、ひとりは飲めば飲むほど青くなるのだ。。面白がって皆で、赤鬼、青鬼とあだ名している。鬼というのにふさわしい豪気な奴ら…

木魚歳時記第4879話 

(四)しばらくして、客が主人の耳もとで何やら囁(ささや)くと、主人はうなずき、最後に、「なるほど、そいつはちょっとした仕事だな」「うん」と客はいう。「でも、おれにはいま子分もなし、自分ではとてもやれない」「ちょうどいいのが、いまに来るよ。…

木魚歳時記第4878話 

この家の主というのは、昔たまたま郷里が近いというので親しんだ博徒仲間であるが、彼はこうして、ともかくも一家を営んでいるのを、定明は途(とも)すがら立ち寄って昔なじみの恵みに預かろうとしているのである。(佐藤春夫『極楽から来た』) 遠景のに小…

木魚歳時記第4877話 

旧主宗輔は保元(ほげん)元年八月十九日には左大臣、翌年八月十九日には同族の伊通よりも先に太政大臣にさえなっていたが、そのころは疾(と)くにその家から去って、近畿諸国の荘園の武士となり、つづいて博徒(ばくと)となり、更に強盗の群れにさえ身を…

木魚歳時記第4876話 

それにしても既に半世紀以上も我々の世界から遠ざかって、不意に今ここに現れた彼は福も禄もなくいたずらに寿のみに恵まれて、今八十を幾つかすぎた老体でいつ死ぬとも知らない落魄(らくはく)の身で、今はだれひとり知るべもなく、ただ父母の墓のあるばか…

木魚歳時記第4875話 

奥まった天井の低い部屋に落ちつくと主人は主婦に命じて酒を持って来させ、主客はしきりに杯を応酬している。 酒がまわるに従って、多弁になった彼らの対話によって、我々は思いもかけない事を知ることが出来た。このよぼよぼのみすぼらしい老旅客ちうのは、…

木魚歳時記第4874話 

港の入船からしょんぼりと下りると、すぐ片側町を目ざしてたどり、しばらくうろうろしていたが、つい町並みの一軒のささやかな居酒屋めいた家の中に入って行った風体も人相もあまりよくないよぼよぼに老いたひとりの旅人があった。 早速に家の主に迎えられて…

木魚歳時記第4873話 

ここは加茂神社の荘園領となっていたから、その出先のあたりの青松のなかに丹塗りの鳥居が見えるのでも加茂神社の分祀と知られる。 町は小山を背に負い、港の奥の汀(みぎわ)に沿うてただ一筋の片側町であるが、家居ゆたかにいらかは松の梢越しに連なり光っ…

木魚歳時記第4872話 

(三)高砂からは海路わずか六里ばかりで室の津(むろのつ)である。この港は男鹿島(だんがじま)、家島、西島など多くの島々のかげに風波を避けて、ささやかな入江ながら、湾口のほかは三方みな小山に抱かれて昔ながらのよい泊まりであるが、ことに近年は…

木魚歳時記第4871話 

五十八歳のころの兼実の上人に対する帰依は、異常ななほどに達していて、上人が兼実を訪ねて退出を見送った兼実は、頭に後光(ごこう)を現じ、蓮華を踏みながら庭の橋を渡られた奇瑞(きずい)をまのあたりに見たとも伝えられているほどである。(佐藤春夫…

木魚歳時記第4870話 

法然はこの戦跡地を弔おうとするかのように船を捨てて馬に跨(またが)り、馬の口を平家の遺弧(備中守師盛(もろもり)朝臣の子)勢観房源智にとらせ、松帆の浦あたりから吹き通う春風のなかに、ゆるゆると馬をうたせつつ、往時を語り弔い、権勢の空しさを…

木魚歳時記第4869話 

鳥羽の南の門に用意されていた川船に乗り移って、鵜殿(うどの)、渚院(なぎさのいん)、三島江(みしまえ)、鳥飼(とりかい)、江口(えぐち)など両岸の春色をながめながら、この紳聖な流人は愁いのない人のように淀川を下った。 有為転変をまのあ たり…

木魚歳時記第4868話

謙虚な上人もさすがに凱旋将軍の万歳を聞くような気持ちを禁じ得ないうちにも、ふと、六十年前、美作(みまさか)の故山を出ではじめて都にちょうどこのあたりで、法性寺前(さきの)関白忠通公の牛車の盛大な行列に出会った懐かしい思い出をも、その同じ道…

木魚歳時記第4867話

未明の都門を朝霞にまぎらせて追放しようという企てにもかかわらず、上人遠流の日を聞き知った道俗の老若男女が輿を迎えて上人を見送る人垣が、造り道の左右に群れていた。その気配に気づいた法然は自身で輿の帳(とばり)をはね上げて、にこやかに顔を群集…

木魚歳時記第4866話

輿には自らその任務を買って出た門弟、角張(かくばり)の入道成阿弥陀仏(じょうあみだぶつ)が力者を従えてこれを宰領しつつ、輿は静かに法性寺門を出ると、造り道を鳥羽の草津に向かった。あとには師の上人を護衛するかのように門弟が六十人ばかりつきそ…

木魚歳時記第4865話

法然はこの日かって人々の心配を案じたか、平素よりも元気よくてきぱきと振る舞い、老人らしいところは少しも見えなかった。 別れを惜しむ兼実に対してもtだ一語を残して庭に下り立ち、さすがに後ろ髪を引かれる思いはあるらしく、合掌して伏し拝み見送って…

木魚歳時記第4864話

法然は、最初の師観覚房得業の教えを固く守って、平素は輿(こし)や車い乗ることはなく、いつも金剛草履であるいていたが、この日は上人の高齢と長い旅路とを案じた兼実の計らいで特に輿の用意があったのを法然も拒まなかった。(佐藤春夫『極楽から来た』…

木魚歳時記第4863話

(二)承元元年(1207)三月十六日、いつも早起きの法然は、前夜来招かれて泊まっいた九条兼実の法性寺第、小御堂の未明に目ざめた。今日がいよいよ流刑の日で、特に早朝人々の目のつかないうちに、都門から出るようにとその筋の達しがあったからである。(…