2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧

木魚歳時記 第3838話

天皇はこの騒ぎの中にも御所に留まって居られた。内裏には大納言藤原経宗(つねむね)、検非違使(けびいし)別当藤原惟方(これかた)が天皇におつき申していて、経宗、惟方はともに信頼(のぶより)に同心の者であったから内裏は安泰であったからである。…

木魚歳時記 第3837話

警護の武士には、むろん防戦した者もあったが、院中の男女はこの不意打ちに我がちに逃げ出そうとして周章狼狽(しゅうしょうろうばい)し、井戸などに落ちる死者を多く出した。しかし、信頼、義朝が目ざした当の敵、信西をはじめその子の俊憲、貞憲は共に難…

木魚歳時記 第3836話

信頼と義朝とが起てば、清盛が信西を援けるのは必定である。あたかも好し、その清盛が熊野詣での留守を見て、それが清盛の彼らの蜂起を誘発するために与えた隙とも知らず、平治元年十二月九日の夜、急遽、兵を挙げて三条烏丸の御所を囲んで火を放った。信西…

木魚歳時記 第3835話

赤恥をかかせてくれようといわぬばかりのこの仕打ちを恨んで義朝が信西に怒ったいるのを見てとった信頼は、信西排斥のための武力を義朝に求めて互いに相結び、ひたすら時機の到来を待っていた。(佐藤春夫『極楽から来た』)522 六月の空いつぱいにちぎれ雲 …

木魚歳時記 第3834話

(二) そして義朝はわが女(むすめ)を信西の子是憲(これのり)にめあわせようと、その相談を持ちかけると、信西は話に耳を傾ける様子もなく、「わが子は学生(がくしょう)で貴公みたいな武家の婿にするわけには参らぬ」 と、にべもなく拒絶した。それで…

木魚歳時記 第3833話

不幸にも敵軍に加わった父や幼い弟たちまでみな手にかけて刑死させた義朝の得たところは、世人からの悪名のほか、朝廷からわずか二名の昇殿とそれぞれの低い官位とだけであってみれば、義朝の不平は無理もない。 源氏の一族が義家以後一路衰運をたどるのに反…

木魚歳時記 第3832話

文臣にこの軋轢(あつれき)のある一方、武臣も清盛と義朝との間が円満でなかった。 そもそも保元の軍功は、たれの目でみても源義朝とその部下の軍略と奮戦とによるもので、平清盛らはただ味方をしたというほかは格別の働きもなかったのに、平氏は清盛の功に…

木魚歳時記 第3831話

彼は到底信西に比較すべき人材ではなかったが、うぬぼれのない人間はなく、身の程も知らずおん寵になれて近衛大将などの重い地位を望むのを、信西は私心ではなく、天皇に信頼の重要を常においさめ申していた。信西が天皇を「和漢の間比類なき暗王云々」と評…

木魚歳時記 第3830話

同じく天皇の寵臣に藤原信頼(のぶより)というのがいて、信西の功を羨(うらや)み妬(ねた)んだ。彼は道長に圧迫されたその兄関白道隆の末で、名門ながら受領級の家になり下がっていたが、父忠隆が幾分世に出ていたし、また天皇の御幼少時からの友人であ…

木魚歳時記 第3829話

乱後にも、権門の私邸や宮城外の里内裏にお住いの天皇のために新しい壮大な内裏を造営して皇威を示すなど、何人も容易にはできなかった難事を事もなげに成就した手腕にますます天皇のご信頼とご寵遇が篤く、その子らもみな有能で、天皇に仕えて重く用いられ…

木魚歳時記 第3828話

藤原通憲は入道して信西(しんせい)と号した人で、学才も政治的能力も素晴らしい傑物であった。ただ家柄が低いために埋もれていたのが、偶然にも天皇の乳母、紀の二位朝子の夫になっていたために、御白河天皇の御即位とともに用いられてめきめきと手腕を発…

木魚歳時記 第3827話

第十一章 平治の乱(一) 本院鳥羽上皇が崩じて保元の乱となり、敗軍の新院が讃岐にうつされ奉ったのは、堀川天皇以来七十年ばかりつづいていた院政もなくなり、当年三十歳の後白河天皇には、親政という朝家永年の理想を実現する絶好の機会でありながら、保…

木魚歳時記 第3826話

もとより手箱の底ふかく秘めている。もしそれがなかったらあの成菩薩院の昼のことも高野山上雪のあやかしと同じように思うかも知れない。それにしてもあのおん似顔絵は今、皇女八条院さまのお手もとにでもあるのであろうか。 あたかも一年後、五月以来の御不…

木魚歳時記 第3825話

おん似顔絵は奉ったが、おん裸形の神々しさは、写し奉らぬ走り描きを差し上げしぶるというのも、実は手もとに頂いて置きたいわが心を見抜かれたか、宮はわが形見にもせよと賜って、「たれびとにも見せるなや」 と仰せられた。(佐藤春夫『極楽から来た』)51…

木魚歳時記 第3824話

「衰えは髪かたちばかりかわ」 と仰せられ、さて、つとお立ち遊ばされた時であった。召されていた白づくめた絹五重のひねりがさねは、ぱらりとほどけ落ちおん足のぐるりにまつわって、宮は淡雪の庭か霙の渚の水沫(みなわ)のなかに裸形で下り立たれたかのよ…

木魚歳時記 第3823話

精根をこめて写し奉ると、美しいお手に(宮は特別にお手のお美しいお方であった)おとりあらせてつくづくと見られ、おん頬をほころばせて、「さながら鏡に写し出して見るような。そちは世にいみじき上手である。なお勉めよ」 と、お言葉を賜りながら、宮はつ…

木魚歳時記 第3822話

と、思いがけない宮の仰せに驚いて、「ただ今けいこ中の未熟者で、それも手ほどきの師もなきひとりげいこの事、仰せは憚(はばか)りながらご辞退申し上げます。何とぞ他の上手にお仰せつけを」「いや、たってそなたでなくてはかなわぬ」と、かねてご用意の…

木魚歳時記 第3821話

「しばらく見ぬ間に、そなた大した絵の上手になったとほまれを人々が伝えるが、今日召したのはその事である。わが身も、もはや三十九になって老いも遠くはない。それに近いうちに髪をはやそう(髪をおろすの意の忌み詞)と考えている。それにつけて、そなた…

木魚歳時記 第3820話

その年の行く春の一日、門院からのお召しの御使者があった。宮はそのころ鳥羽離宮の泉殿の跡の成菩薩院の一間をご在所にしておられた。伺候(しこう)してみると、宮ははなだ色の地に雲をこまかくつけたおん上衣の褻衣(けぎね)でおくつろぎのように拝せら…

木魚歳時記 第3819話

(五)身が十四のころ、門院は三十九になると仰せられたから、たしかに六年前の事には相違ない。しかしそののち、世にさまざまな事どもがあわただしく続出したせいか、事どもはおぼろめき、すべてが夢かまぼろしのようである。(佐藤春夫『極楽から来た』)5…

木魚歳時記 第3818話

「たれびとにも見せてやるな」 と小声が、かすかながらもほがらかに聞こえた。門院の声に似ている。確かめようと再び耳をすますと、声はしずかな山の渓谷の底を行く水のせせらぎにしか過ぎないように思われた。 すべては雪のあやかしではあるが、由来すると…

木魚歳時記 第3817話

高野に来てみると山風は途中の川風よりもなお寒くて、山では峰も林もかきくらして雪がふり出して来た。ふりしきる雪のなかで隆信はふと吉祥天女か何かが天降ったかのようにすんなりと立って一糸をもまとわぬ女体を幻に見た。隆信は同行の人々をはばかって、…

木魚歳時記 第3816話

一切は無常、生者は必滅と知らぬでもないが、世にも美しいおん方がこの世界から消えて行ってしまった悲しさは、一身の最も頼もしいうしろ盾(たて)が失われたというようなそんな打算から出るものではなく、大地の覆滅とまではいわないまでも、よい平安の時…

木魚歳時記 第3815話

そのため遺骨を捧持(ほうじ)して船の上座にすえられている弱年の隆信には終始窮屈な思いであった。 それだけに隆信の感激も悲嘆も大きかった。明けゆく曙のあかねの色の雲も、船ばたを打つ川浪の音も、わけても耳や鼻さきに痛い十二月の水の面を渡って来た…

木魚歳時記 第3814話

門院は鳥羽院の鳥羽院の御願寺たる高野の伝法院の覚鑁上人(かくばんしょうにん)の高弟兼海には平素から深い帰依で、当時蹴(け)まりの名手とうたわれた寵臣藤原成道の末子を猶子とした大納言のアジャリを身代りに高野に遣わして上人に仕えさせていたし、…

木魚歳時記 第3813話

門院おん百年の後は、同じ寝園に収め奉るのが鳥羽院のおん意志でもあり、この新御塔がやがては比翼塚になるなるものとの人々の予想に反して、門院は遺骨を父祖三代の好因縁のある隆信に守らせて高野山の寺に渡せとの遺言があって、それがいま実現されている…

木魚歳時記 第3812話

(四)平治の乱の翌年、永暦(えいりゃく)元年の十二月、十九歳の隆信は、その十一月二十三日に亡くなられた美福門院のおん遺骨を高野山に納める僧俗一行の中心となって、伏見草津から出る未明の船のなかにうずくまっていた。 六年前に先立たれた鳥羽院は、…

木魚歳時記 第3811話 

父祖の才能を受け、また幼少で苦労した隆信が早熟であったのは怪しむには足らないが、彼は早く十二、三歳のろから、後年その方面に巨匠として幾多の名作を遺している画道、特に肖像画家としての天才を発揮しはじめて、その神童のほまれは上流社会に喧伝(け…

木魚歳時記 第3810話 

一般にその時代の縉紳家(役人を出す知識階級の家)の子弟は早熟早老の傾向があったもので『源氏物語』などのは物語の誇張か、もっと極端であるが、十二、三歳で異性を知るようなのは普通であったらしい。実朝なども十歳以前に詠歌も一通りには熟達していた…

木魚歳時記 第3809話 

しかし九歳で介に任じられ、それも遥任(ようにん)でゃなく現地に赴いている。つづいて十一歳で守になるような順調な昇進は、その上役や下役がこの可憐な少年をよくいたわって任務に尽くしたからに違いないが、その事はただ、家柄のせいばかりではなく、そ…