2020-04-01から1ヶ月間の記事一覧

木魚歳時記第4196話

その騒がしさに法然も落ちつけず、この日、法然は生涯にただ一日だけお経文を読まなかったという。こうしてなた、二、三年、前後五、六年も西山に住んだ法然を、世人はわけありげに噂したらしい。老婢母子がいつも身近に近かったためでもあろう。(佐藤春夫…

木魚歳時記第4195話

この地もだめになるかと思ったが、これは法然の都合で、いつでも使えるようにと上皇と法親王とで計らって下さっていると安心しているうちに、頼政挙兵の影響で、果然木曽義仲(きそよしなか)が都に乱入した。義仲の軍はまるで悪鬼部隊か何かのように人々を…

木魚歳時記第4194話

直ぐにでも思わないでもなかったが、今度は西山の時のように知らぬ間に庵室ができるわけでもなく、思いどおりには動けない。 そのうちに源三位入道頼政が挙兵の事が起こり、これはまた世の中が不穏になると思えば住み慣れた地を安全に思った。折しも覚快法親…

木魚歳時記第4193話

覚快法親王は、青連院領内にある東山吉水の地が、すべての条件に適しているが、使ってはどうかという仰せに、法然が行って地を相するに、都心に近いわりあいに閑静で、また地が西に開けているのもうれしい。思いなしか、いつぞや善導の現れた夢のなかの景色…

木魚歳時記第4192話

こうして西山のほとりの生活が二、三年にも及ぶと、上皇はもう少し都心に近く、ご自身が時々お召しになるにも、もう少し便利なところをと思し召しになられたものか、おん弟君で、当時青連院を官していらせた覚快法親王にご相談あらせた。(佐藤春夫『極楽か…

木魚歳時記第4191話

こういう悲惨な年に逢いながらも、法然は米にも薪にもさらに困らず、これでは世間のうわさに対してもすまないような気がした。これというのも近くに秦氏という大旦那あひかえていて、そのおこぼれにあずかっていたせいもあるがそればかりではなく、老婢(ろ…

木魚歳時記第4190話

京の一条から南、九条から北、京極から西、朱雀(すざく)から東の市中に路傍の行き倒れの頭が、四万二千三百にあまったと、長明が『方丈記』に記しているのはこの年のことである。(佐藤春夫『極楽から来た』)849 変態か羽化か脱皮か蝉生る 「ボクの細道]…

木魚歳時記第4189話

また、仁和寺の隆暁法印という人が行き倒れを見つけるごとに、その額(ひたい)に阿字(あじ)を書いて仏縁を結ばせて弔って、人数をかぞえたら、四月と五月のふた月間に、(佐藤春夫『極楽から来た』)848 恐るべき巨乳をめざし夏来る 「ボクの細道]好きな…

木魚歳時記第4188話

山の男たちも空腹のため薪を運び出す力もなくて、薪の不自由なため人々は家をこわして薪を売っているなかには、丹(あか)や箔(はく)のある木切れんど、古寺の仏や仏具などもまじっていたという。(佐藤春夫『極楽から来た』)847 焼肉にバジル・バジリコ…

木魚歳時記第4187話

(五)その翌年がひどい飢饉の年で稀に手に入った食物をすべて愛するものに譲って餓死する者が多く、母の命の尽きたのも知らないで、いとけな子が死んだ母の乳にすがって倒れていたとか、(佐藤春夫『極楽から来た』)846 読点のぴたりと決まり豆の飯 句読点…

木魚歳時記第4186話

老女は若い日の失行を恥じて、それを因縁に仏道に入って釈迦堂に仕えていたが、頻々と釈迦に詣でる法然を見てその人がらを敬慕して、この人によって念仏を修行したいというのであった。法然はこれをも好因縁とした。(佐藤春夫『極楽から来た』)845 朝昼晩…

木魚歳時記第4185話

後に秦家で聞けば、一族にゆかりの者というのは事実で、この老女はむかし父を知らぬ一女を産んで、男に逃げられたため、結婚もせずに老いたが、今度そのむすめを清涼寺に頼んで、自分は法然のところに来たのだと知れた。(佐藤春夫『極楽から来た』)844 た…

木魚歳時記第4184話

この前後から西山の草庵には、例の清涼寺宿坊の老女が来て、清涼寺には別に若い者が来て、自分は老来激務に堪えづ身をひたから、ここで薪水の労を取らしてほしといって来た。自ら秦氏一族のゆかりの者といい、草庵に人が入ることも秦氏から聞いて来たという…

木魚歳時記第4183話

とどこりなく受戒のおん式がすんだと申し上げた静賢の報告にご満悦あった上皇は、その翌日、うららかな春の日を建春門院とご同道で熊野三山を目ざしてご発足あらせた。(佐藤春夫『極楽から来た』)842 夏めくやおすわり出来た赤ん坊 「ボクの細道]好きな俳…

木魚歳時記第4182話

天皇はご不予のため前々日までご発熱、昨夜やっと解熱あそばしての今日であった。 説法にすすんで法然はこの少年天子のために『往生要集』の文や『観経疏』の要旨だけよくかみくだいて念仏称名のことを申しあげた。(佐藤春夫『極楽から来た』)841 学校に行…

木魚歳時記第4181話

ご受戒は荘重(そうちょう)に型の如く静賢法印も立ち会いで執り行われた。三帰(さんき)の作法から始めて戒目を授け奉って後、「よく保や否や」と軌に従って問いまいらせると、青色すがすがしいあざやかな、みすのなかからは、女性のようにやさしく美しい…

木魚歳時記第4180話

ご受戒は三月十三日、上皇はその寵臣の一人、静賢法印をして法然を迎えさせた。静賢法印も信西の子の一人で、そのために上皇の寵を得て、今は蓮華王院の執行になっていた。(佐藤春夫『極楽から来た』)839 草朧まわり道して帰ろうか 朧(おぼろ) 「ボクの…

木魚歳時記第4179話

法然は慎んで拝諾した。当時六波羅の里内裡に居らせた高倉天皇のご受戒のことが、清盛あたりから山の座主明雲などに洩れ、上皇の法然に対する殊遇が妬みの種となって、後年の迫害に育ったのかも知れない。上皇の恩が仇(あだ)になろうとは、上皇もそこまで…

木魚歳時記第4178話

と上皇はご体験をお語り遊ばされた。「それに今は里内裏(さとだいり)にいるからこっそり式を挙げるにも都合がよい。日取りなどはまた改めて使者を出そう。今日はそなたに会い内意を聞いて置くだけだ」(佐藤春夫『極楽か ら来た』)837 アマリリス花の番地…

木魚歳時記第4177話

「だからその資格を与えて命じる。そちのつら魂を見せて置きたいのだ。むかし園城寺で受戒しようと思ったら延暦寺で邪魔をした。延暦寺で頼めば園城寺が邪魔をするであろう。面倒だからこっそりと天王寺で受戒したこともあった。(佐藤春夫『極楽から来た』…

木魚歳時記第4176話

つづいておん愛子、高倉天皇に授戒せよとお命じになられたので、「天皇ご受戒は大儀でございます。法然は、延暦寺、園城寺などにその資格のある学匠先達が居られます。わたくしにはまだ何の資格もございません」(佐藤春夫『極楽から来た』)835 泥煙たちま…

木魚歳時記第4175話

(四)西山のほとりへ来ての早春、秦氏の仮屋にいた法然はまた院からのお召しを受けて院参すると、上皇はごきげんで、「山を下りたというではないか、道はついに見出したか、それを待っていた」 と仰せ出され、(佐藤春夫『極楽から来た』)834 たこ焼を食ひ…

木魚歳時記第4174話

法然ははじめて観覚得業の寺へ登った日のころをそぞろに思い出しながら、その子を見ていた。この時の子供というのは後年、法然の門下に来てその父が弁舌でしたところを文筆であらわした聖覚法印である。(佐藤春夫『極楽から来た』)834 桑名まで来て名物の…

木魚歳時記第4173話

九月十二日には信西の子で当代第一といわれた説教僧澄憲(ちょうけん)子供に広隆寺の牛祭りを見せに来たといって立ち寄って、夜まで説教の種を仕入れて行った。つれてきたのはまだ十ばかりの子供であったが、さかしげに耳を傾けて、父と法然との対話に聞き…

木魚歳時記第4172話

人々は来てまず途中の秋色をほめ、さて窓外の山を、また水をほめ、そうして木の香の高い新居木口や間取りまでほめたが、法然の法話に対する人々の賛否は相半ばした。といのは、人々のすべてが神聖な無智ではなく、学や行を自負する人々が多かったからである…

木魚歳時記第4171話

彼が山を下ったと聞き知った旧友たち、例えば、彼とよく仁和寺に行った阿性房や、後年代彼に代って東大寺大仏殿の大勧進をした重源など、あるいは新居を見るためといい、あるいは法然の見出した道を聞こうと集まってきた。(佐藤春夫『極楽から来た』)832 …

木魚歳時記第4170話

仮屋は法然の知らぬ間にできていた。仮屋はやがて草庵になり薪水のことも秦氏が適当な者をよこしてくれるという。法然は身軽にここにきて住んだ。(佐藤春夫『極楽から来た』)831 花明り仏吐きたる空也像 「ボクの細道]好きな俳句(1915) 鈴木六林男さん…

木魚歳時記第4169話

土地というのは、西山の山すそにあって、山の一部は庭にまでせり出して敷地を狭くしているが、それも一つの趣となって、草庵には広すぎるほどの土地に、法然は一目で気に入った。清涼寺の門とは呼応するほどの近さにある。西北に山を背負い、南に大堰川の水…

木魚歳時記第4168話

山城から丹波にかけての川筋に多くの山林を持っていた秦氏は、このところ材木の商人となっていたが、保元以来兵火で焼失した民家の復興やまた造寺の興隆の機運を見て建築業も兼ねて巧みにそれぞれの筋にわたりをつけて、近来また巨万の富を蓄え、草庵はおろ…

木魚歳時記第4167話

そうして住むに適当な家は目下のところ無いが、土地ならばある。閑静で山水の眺めもよく隠居所に思ったが少し狭い。上人おひとりの草庵なら手ごろと思う。釈迦堂のすぐそばだから、今に案内させる。一度見てそこでよいならば草庵の一棟ぐらい、彼岸すぎまで…