2018-04-01から1ヶ月間の記事一覧

木魚歳時記 第3413話

そなたは来たばかりで、まだ、みなの衆に引き合わす暇もなかったのを幸い、これでお茶を飲もう。寺では正時といって朝ご飯を、非時(ひじ)といってお昼の食事があるほかは食べないのだが、そなたはお客でまだ出家ではない。食べてよい。食べなさい。せっか…

木魚歳時記 第3412話

「それはえらい。出家は体が丈夫でなくてはならない。足の達者なのが第一だ。ところで、今朝、出かけに姉上が黙ってわしに背負わせたものを開けると、このもちが出て来た。そなたに食べさせようというのであろう。(佐藤春夫『極楽から来た』)115 巻頭に仏…

木魚歳時記 第3411話

「くたびれたか、足は痛くないか」「いいえ、大丈夫です。まだもっと歩けます」童子が太ももをさすりながら答えると、観覚は、(佐藤春夫『極楽から来た』)114 一年を三日で暮す歳徳神 歳徳神(としとくじん) 「ボクの細道]好きな俳句(1161) 小枝恵美子…

木魚歳時記 第3410話

(五)夕べの看経(かんきん)がすんで、本堂うらの方丈に退きこもった観覚は、小僧に、「今日、里から来た小さなお客さんを呼んで来い」と命じて小矢児を召し寄せ、(佐藤春夫『極楽から来た』)113 去年今年キリトリ線はそのままに 去年今年(こぞことし)…

木魚歳時記 第3409話

里では聞きなれない鳥が長くなきつづけるのに耳を傾けていると、あたりに見えなくなった甥の姿をたずねて来た観覚が、うしろから肩をたたき、「どうだ、ここは、気に入ったか」童子はあどけなくこくりとうなずいた。(佐藤春夫『極楽から来た』)112 年の瀬…

木魚歳時記 第3408話

立ちつくす間に、脚下の山かげから暮れはじめ、しばらく愛情の念をもってあかずに眺めていた稲岡も弓削も刻々に深くなる夕もやに包まれてしまった。(佐藤春夫『極楽から来た』)111 木食の裾でおろがむ寒雀 木食(もくじき)上人 「ボクの細道]好きな俳句…

木魚歳時記 第3407話

菩提樹の林の下に立って見ると脚下に広い野原につづく津山の家々から稲岡や弓削のあたりまで遠く見晴らした。すりばちの底のような山峡で育った小矢児の目にはこの打ちひらけた景色がめずらしくうれしかった。(佐藤春夫『極楽から来た』)110 野仏にひとつ…

木魚歳時記 第3406話

その東側には菩提樹といちょうの林とがあって、どちらも美しい新芽がもえていた。それらはすべて小矢児がかねて父母から聞き及んで想像していたものよりはずっと立派なものであった。(佐藤春夫『極楽から来た』)109 山寺は桶の中まで木の実落つ 「ボクの細…

木魚歳時記 第3405話

寺に、日本古代の山岳宗教の先達役(えん)の行者の開基を、天平年間に行基(ぎょうき)が再興したものといい伝えて、広びろと切りひらかれたところに殿堂、僧房、塔、鐘楼などがあった。(佐藤春夫『極楽から来た』)108 今年酒ふり売り歩く酒の神 「ボクの…

木魚歳時記 第3404話

この山は小矢児も幼時、稲岡から見慣れていたし、得業(とくごう)の叔父さんがその山中の寺に住むことも聞きおぼえていたが、今日その寺に住む身になろうとは、小矢児には思いも及ばない運命であった。(佐藤春夫『極楽から来た』)108 夕焼けて探しに来な…

木魚歳時記 第3403話

菩提山は那岐山(なぎさん)の峰のつづきの南面支峰の山頂近く標高七百メートルばかりのところにあって、津山からは二十五キロあまりの地点にある。那岐山というのは中国山脈中の一連峰で津山の北方に広い山すその平野をひろげてびょうぶのようにそびえ立つ…

木魚歳時記 第3402話

行く先々には新緑にまじるふじ、つつじのにおうけわしい山道をも、ものともせずさまざまな小鳥の声をよろこびながら叔父観覚得業の住む杏木山菩提寺に入ったのは午後四時ごろでもあったろうか。日は西に傾きそめていた。(佐藤春夫『極楽から来た』)106 し…

木魚歳時記 第3401話

と、最初にその話があってから、も早一年近くが経って、いよいよ時国の一周忌もすみ、四月末の空さわやかに晴れた一日、小矢児は叔父に導かれ、母に津山まで見送られて、新しいわらじを踏みしめる足もとも元気よく、(佐藤春夫『極楽から来た』)105 満月と…

木魚歳時記 第3400話

わたくしは兄上の一周忌にはお経の一つも読めるように仕込んで置きたいと思っていましたが、姉上がそうおっしゃるなら来年の春までお待ちしましょう。兄上の一周忌をわやくしにお任せいただいて、その布施に小矢児をわたくしにお渡し下さい。それがあんな遺…

木魚歳時記 第3399話

「姉上、恩愛におぼれてはいけません。まだ九歳とは申せ、小矢児の精神はずっと成長していて、せっかく道ぬ志しているのです。山は南受けの山腹ですから、山頂とは違い、さほど寒くはありません。(佐藤春夫『極楽から来た』)103 婆ひとり雨なら雨の十夜寺 …

木魚歳時記 第3398話

(四)観学得業は小矢児の意志がきまり次第、早く山に引き取りたいというが、それに対して母は、「今では、あの子がわたしにとってただひとりの話相手、ただ一つの慰めなのです。それにまだ小さいのです。山の冬はさぞ寒いでしょう。せめてもう一冬だけ、あ…

木魚歳時記 第3397話

定明は長途(ちょうと)河海の波濤(はとう)を分けて無事に都門に入りはしたが、浮世(うきよ)の波は激しく彼にはつらかつた。望みどおりの滝口にもなれず、彼は時代の暗流にのまれて強盗の群れにまじったが、袴垂(はかまだれ)のような盗人の大将軍にな…

木魚歳時記 第3396話

定明はこうしてタイムリーにこつそり弓削から脱出した。それ故、時国が死に、秦氏が幼童を抱きしめて定明の二度の来襲をおそれていたころ、定明はもう淀の川船にいた。そうして国衙(こくふ)がきびしく彼を求めたころにはもう都で権大納言の家人になってい…

木魚歳時記 第3395話

「そんな心配なら無用だ。この生き別れが死に別れにならないとも限らないのだ。叔父が甥の門出を見送るに何の遠慮がいるものか。お前がまだおたずね者になったわけでもなし。でも出かけるのは夜明けの暗いうちにしよう。やはり人目につかない方がよいから」…

木魚歳時記 第3394話

叔父は品々を取りそろえ旅のしたくをしてやりながら、道順や道中の心得などを子にさとすようにいいきかすのでである。柄こそ大きいが、定明はまだ世間見ずの十七歳であった。「心細かろう。わしが福渡まで見送ろう」「大丈夫です。ひとりで行けます。あとで…

木魚歳時記 第3393話

「津山へ出ては危ない。福渡から出で川口で瀬戸内をのぼる船をさがすのだ。さて淀の川口でまた船を見つけて伏見の鳥羽まで行けばもう都だ。これだけの路銀があれば十分に間に合う。必要な金は惜しむな。金子は人に見られまい。気をつけよ」(佐藤春夫『極楽…

木魚歳時記 第3392話

「できてしまっては詮議してもはじまらない。さ、これを持って一刻も早く弓削から出て行くのだ。漆殿は破傷風かも知れぬ。死んでからではもう遅い。今のうちに早く都へあがるのだ。(佐藤春夫『極楽から来た』)96 病葉の己が内なる寂光土 「ボクの細道]好…

木魚歳時記 第3391話

うろたえはじめた定明は、思いあまってほかに相談する相手もなく、額の傷をはちまきで包んで、また叔父をたよって行くと、律義者の叔父ははじめ顔色をかえて厳しくしかったが、やがて定国の遺した藤原宗輔あての手紙を取り出し、かねて義兄から預かった金子…

木魚歳時記 第3390話

弓削では、初め稲岡の仕返しや国衙(こくが)からの沙汰を覚悟していたのに、一向どちらもないのが、かえってうす気味悪くて、様子をさぐっているうち、時国が傷のため枕もあがらないと知れたのである。(佐藤春夫『極楽から来た』)94 たましひの頭にのぼり…

木魚歳時記 第3389話

武士団の私闘は当時ありふれた事件で国衙(こくが)でも見逃していたが、事、押領使を襲いこれを殺害したとあっては不問にはすますまい。国衙が定明を求めるのは観学得業のいうとおりである。(佐藤春夫『極楽から来た』)93 短夜の脳にざらつく電子音 「ボ…

木魚歳時記 第3388話

万一刀傷がもとで時国が死ねば押領使殺しである。しかも下手人(げしゅにん)の証拠たる額の矢傷はいいのがれのすべもない。小矢児の評判が立つにつれて定明は気が気ではない。(佐藤春夫『極楽から来た』)92 はんざきの怪魚食らひて泡一つ 「ボクの細道]…

木魚歳時記 第3387話

(三)漆時国の傷が癒(い)えにくいと聞いて心を悩ましたのは明石定明(あかしのさだあき)であった。 定明は時国を切りつけはしたが、殺意のなかったことは、居館に火をかけようとした時、人々を押しとどめて許さなかった事実をわれわれも見ている。(佐藤…

木魚歳時記 第3386話

「定明の一味が襲って来る? なんのそんな心配がいりますか。それどころか、やつは押領使殺しのおたずね者でびくびくものでしようよ」(佐藤春夫『極楽から来た』)90 どこの子か両手に蝉をにぎりしめ 「ボクの細道]好きな俳句(1135) 田中裕明さん。「大…

木魚歳時記 第3385話

「末世の人には珍しく奇特な遺言をされましたな。小矢児の話も聞き伝えて武士になる子かと思ったに、やはり出家する人でしたか。これもめでたい。当人がその気ならいつでも世話はします。ゆつくりお考え置きなさい。(佐藤春夫『極楽から来た』)89 僧院にガ…

木魚歳時記 第3384話

姉が子をつれて実家に帰っていると聞いた観学は俗縁ながら不幸な姉を慰めようと一日、山を下ってきた。彼はつぶさに語られた義兄時国の最後やその遺言、その後の姉とその子のことなど姉の語るのを聞いたのち、「さすがは兄上」と、観学はしみじみと、(佐藤…