2019-05-01から1ヶ月間の記事一覧

木魚歳時記 第3808話 

父祖二代にわたって皇后宮想少進として美福門院に仕えたばかりか、母方の祖母は門院の乳母(めのと)であり、母その人が門院の女臘(上位の女房)であった縁故から、門院が隆信を幼少から愛し身近に感じていたのは事実であり、長ずるに従ってますます隆信を…

木魚歳時記 第3807話 

隆信は九歳のころには上野介(こうずけのすけ)に任じられ、つづいて越前守となり、仁平(にんぺい)二年十二月には十一歳である。そんなに幼少に任官されるのは、その家柄に応じての当年の風習で別に不思議もないが、仁平三年四月、十二歳の彼が若狭守に転…

木魚歳時記 第3806話 

隆信とやらいったあの子は、今幾つになっているのであろうか。指を折ってみると七つか八つであろうか。何としても任官にはまだちと早かろう。門院はいつしか隆信は忘れて、わがひとり子の病弱に生まれついてついに夭折(ようせつ)した者の最も健康であった…

木魚歳時記 第3805話 

(三)門院は今までにただ二度見たばかりであったが、すっかり気に入ってその母親をうらやましいいばかりに思ったその子を、まのあたりにありありと思い浮かべつつ思うのであった。 あんな元気のいいにこにこした子がしょげているとか、今はどんあいやな夢を…

木魚歳時記 第3804話 

その後、加賀がまだ俊成の家にいたころ、門院はもう一度あのよい子の育ったところを見せに来いと、加賀につれて来させた。二、三年前の夏の日であったが、その子は遊び疲れたところをつれて来られたものと見えて、「もったいない、もったいない」 と、しきり…

木魚歳時記 第3803話 

というのはそのふびんな子は、むかし加賀が旧主の子供好きを知って、この初子(ういご)のお宮詣での時、自慢でその子を見せに来たことがあった。まことに自慢してもよい美しく、かわいらしい子で、人みしりもせず、門院の手のなかでにこやかな笑顔を見せた…

木魚歳時記 第3802話 

この高貴な美女は生来特別の子供好きであった。さればこそ義理の子雅に新王が大納言経実の女に生ませた守仁をも進んで引き受け、手しおにかけ喜んで育てた。その時は将来この子を天皇になど野望のもない無償の行為であった。 いま為経の子の話を知って悲しん…

木魚歳時記 第3801話 

俊成は今さらそんな女あ追わないといいながらも、子供たち、わけても隆信のまだ十にも子が行方も知らない母を慕うのには、ほとほと困窮(こんきゅう)している。 もとの女房加賀お同じくもとの少進(しょうしん)、為経との子であり、また古い少進為忠の孫に…

木魚歳時記 第3800話 

為経に捨てられた恨みにか、罪もない幼な子を見捨ててひとり五条三位の家に家にあとがまとなった彼女であったが、俊成はさすがに両親に捨てられた寄るべのない子を引き取ってねんごろに育てていた。その恩義を思わず、あの浮気な三十女は、家人の門に出入り…

木魚歳時記 第3799話 

もとの同僚の加賀やよく見知っているその良人(おっと)はいわば一種の職場結婚である。同じ職場の人々がその結婚のなるゆきを特別の興味を持って絶好の話題にするのは、はしたない話ではあるが、もっともな次第であった。 それは嫉妬心(おんなごころ)にも…

木魚歳時記 第3798話 

歌人の家では、家庭内のこのスキャンダルを世間へ広めないように極力苦心したため、そのうわさは大原の世捨人(よすてびと)あたりを吹く清風はこれを伝えず、従って為経がこれを知らなかったのは幸福であった。 しかし遠い雲の上の美福門院の周囲を吹く風は…

木魚歳時記 第3797話 

(二)しかし事はそのまま安定してはいなかった。嫉妬深く同時に多情な加賀は幾人もの子女を生んだ歌人のところにも落ちつかなかった。若い愛人を得てこの家庭をも去った。貞淑に似て奔放(ほんぽう)な彼女であった。(佐藤春夫『極楽から来た』)488 夏め…

木魚歳時記 第3796話 

為経はいつも一子隆信を気にかけていたが、風の便りに聞いて、加賀は俊成の所へ行っても幸福に俊成の子をも産み、俊成も加賀に対する愛を現わして、隆信をも手もとに引き取ってわが子の成家や定家、その他の女児と一しょに育てていると知った。それならばそ…

木魚歳時記 第3795話 

ところが加賀は浮気な夫に捨てられたとでも思ったのか、五条三位藤原俊成のところに後妻に行った。 彼女は自分の嫉妬深さを自分でも持てあまし、俊成のような家にばかりいる人が気がもめなくてよいと思ったのかも知れない。 こうして為経は仮の別れと思った…

木魚歳時記 第3794話 

為経がふたりの兄におくれて出家したのは官位が兄たちよりいくらか順調であったためではなく、三つの子の異常な才気と女児にもしたいばかりの美しいのに執着したためである。 それにもかかわらず、為経は童女のようにしおらしい細君加賀の嫉妬深さに愛想をつ…

木魚歳時記 第3793話

ふたりの兄のたのしげな遁世生活を見て、最後に思い切って兄たちの仲間に加わったのが四男の寂超、為経であった。彼は父の官職を継いで皇后宮少進なっていた。父と同じく、美福門院に仕える宮内官なのである。そうして彼はこの門院の女房で加賀と呼ばれた若…

木魚歳時記 第3792話

三人とも鳥羽天皇の朝廷に仕えて、あまりパッとしない宮仕えの、それも最も競争のはげしい中級役人の官位と歓楽とを追い疲れた中年の身で『往生要集』や『摩訶止観』などを読んで、世俗的な欲望にあくせくする愚を今さらつくづく悟った彼らであった。そうし…

木魚歳時記 第3791話

彼らの父為忠朝臣も参河守、丹後守などの地方官を永くつとめてのち、木工頭、皇后宮少進に昇った人で、また『金集』『千集』、『新古今』などの勅撰積む、歌人でもあった。為忠には多くの子があったなかで、次男の為業、三男の頼業、四男の為経の三人がすぐ…

木魚歳時記 第3790話

第十章 デカダンス (一)いわゆる大原の三寂、念、然、超の三兄弟は俗名を為業(ためなり)、頼業(よりなり)、為経(ためつね)といって、藤原長良(ながよし)の末、為忠の子である。藤原長良の末は、高位高官として世に聞こえた人物も出さない家柄であ…

木魚歳時記 第3789話

寂心の寂も『法性寂然』から出たものと思われるが、ここに寂念、寂然、寂超と法名を名のって都の北大原に世を遁(の)がれた三人の歌人があった。世にいう大原の三寂である。 大原は叡山横川谷に近い地に、そのむかし源信が教化をこの地に布(し)いて以来、…

木魚歳時記 第3788話

『摩訶止観』の止観とは「法性寂然タルヲ止ト名ヅケ、寂ニシテ常ニ照スヲ観ト名ヅク」とあるのを見て、これを彼らの詩歌の指針としょうとしたのである。 止観の教えるところは明鏡止水(めいきょうしすい)の心境を求めよといっている。しかしこの心境だけで…

木魚歳時記 第3787話

さすがに趣味の洗練されていた彼らは、まず文学としてこれを楽しみ、愛読の結果はこれを直接に生活してみようとまで思い込んだのは藤原俊成など一派の歌人たちであった。 彼等は『摩訶止観』のなかに彼らのかねがね考えていた有心の詩歌論に近いものを見出し…

木魚歳時記 第3786話

それにしても、『誓願寺縁起』にいうとおり、「ひたすら好色を本として、露命のあえなきをおもわず、愛欲を心として、将来の恐あることをしらず、ただ春の日にたわむれ、おもいを秋の月によせ、花鳥の遊宴にのみ心をつくし、栄を朝恩にきわめ」ていた藤原氏…

木魚歳時記 第3785話

しかしまだ今までの天台密教が衰えたということではなかった。 宇治平等院の本尊は阿弥陀如来でありながら、その光背の化仏(けぶつ)が密教の本尊たる大日如来であるという事実によって、当年、貴族社会の仏教界の情勢はまのあたり如実に見られる。(佐藤春…

木魚歳時記 第3784話

阿弥陀の西方浄土だけは、この如来の無量の寿(いのち)のために、末世の今もなお如来とともに残っていることを、経文の文句によって知ったためである。 このために道長やその亜流の貴族の間に阿弥陀仏信仰が大いに起こったものである。(佐藤春夫『極楽から…

木魚歳時記 第3783話

(五)以前は信仰というよりも単に一種の形式もしくは儀式として楽しまれていた貴族社会の仏教道楽というべきものも、寂心の『日本往生極楽記』や源信の『往生要集』が上流の愛読書となって以来は、俗間にも一部の僧との間と同じように欣求浄土(ごんぐじょ…

木魚歳時記 第3782話

女の器量自慢で玉の輿(こし)を待っていた得子の母が、何で奥羽藤原の末流の北面の武士などに女をくれようか、義清の求婚はあっさり拒絶された。義清はこれを動機に出家を敢行した。 彼の出家は二十二歳の時といわれるが、あたかも一歳年上の得子が入内した…

木魚歳時記 第3781話

思うに鳥羽天皇はその北面の武士佐藤義清を東北、北関東にかけての一大豪族と知り、これを盛り立てて源平二氏に対抗する大軍閥をつくって自分の持ち駒にする意志があったが、義清はこの恩寵を、栄位を餌に大渦巻(おおうずまき)のなかに身を投げることを強…

木魚歳時記 第3780話

西行は保元の乱を予見してその渦中に入ることをおそれて出家したろうという一応面白い説もあるが、なるほど保元の乱は西行がどちらにも味方しにくい事情もあり、また当時の一大豪族としてその去就はやがて勝負を決するに足る勢力があるために、彼も去就に迷…

木魚歳時記 第3779話

山中のなかに放浪した詩僧西行なども一種遊行僧であり、同時にまた気まま千万な高等世外人であろう。 西行といえば、その出家なども時代の謎といわれているが、この時代の世相と風潮をとを考えれば決して謎でも何でもない。(佐藤春夫『極楽から来た』)471 …