木魚歳時記第4472話

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 名門の出ではあり、少年のころから豪勇をもって信濃一国に聞こえていたが、以仁王の令旨によって起とうとするに当たり、中原兼遠の策によって佐久の強豪根井氏(ねのいし)をたより、しばらくここに居る間に、根井氏の宗家滋野氏やその一族たる望月、海野(うんの)などの豪族の義仲に従う者が多かった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)1121
       春ひととき茶山の里でショート・ケア      
 「ボクの細道]好きな俳句(2211) 松本たかしさん。「色町にかくれ住みつつ菖蒲葺く」(たかし) 「町色にかくれ」とは、これ以外にない美しい表現だと思いました。視覚的センスの卓越した作品です。

苦しいことが多いのは
自分に甘えがあるからだ
(石川 洋)

 

木魚歳時記第4471話

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 第二十四章 源平走馬灯
(一)義仲の父は帯刀先生(たてわきせんじょう・武装舎人隊の長官)の任にあった源義賢(みなもとのよしたか)で、義朝の弟、為朝の兄であるが、所領の争いから(?)義朝の子悪源太義平に討たれた時、二歳の義仲も父とともに殺されようとしていたのを、斉藤実盛に救われて木曽に送られ、乳母の夫中原兼遠(かねとお)に育てられ人となって木曽冠者と称した。
(佐藤春夫『極楽から来た』)1120

          春めきて花や草など歌いだす

 「ボクの細道]好きな俳句(2210) 松本たかしさん。「ふと羨し日記買ひ去る少年よ」(たかし) 日記帖を買う少年を見て羨(うらや)ましいと思った。日記をつける作者の少年期(記憶)と重なるのでしょうか? 

つらいことが多いのは
感謝をしらないからだ
(石川 洋)

 

木魚歳時記第4470話

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 はじめは、知盛、重衡、通盛、教経ら各部署を分かって防御態勢を整えていた平氏も、味方と思った山門が急に義仲に同心したと知るや、防禦を解いて一門は安徳天皇おん母子と神器とを奉じ、六波羅に火を放って西海に落ちて行った。法皇はこの時平氏の手を逃れ叡山に在した。
(佐藤春夫『極楽から来た』)1119

       さらさらと春の小川のどこまでも

 「ボクの細道]好きな俳句(2209) 松本たかしさん。「とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな」(たかし) 神社などで落ち葉を掻いて、それを集めての「焚火」(たきび)をします。ふつうは夕暮れの焚火はあまり行わない?

うっかりすると
賞めてくださる人の
すばらしさに気づかない事がある
(石川 洋)

 

木魚歳時記第4469話

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 勝ちに乗じた義仲は長躯(ちょうく)して都に向かう。総数六万騎。まず美濃にいた叔父の行家と連絡して力を協(あわ)せ、義仲は近江、行家は大和方面から京都に進撃し、義仲の一支援六千騎が叡山を占拠すると山門の衆徒三千もこれに同心した。
(佐藤春夫『極楽から来た』)1118
絶妙です。

       穴穴穴ぬつとかほ出す潮まねき

 「ボクの細道]好きな俳句(2208) 松本たかしさん。「羅をゆるやかに着て崩れざる」(たかし) 作者は能楽を志ながら病弱でその道を断念されたそうです。芸術性の高い作品が生まれる由縁かと推測します。それにしても「崩れざる」とは

すべて偉大なるものは
小事のまごころからはじまる
(石川 洋)

 

木魚歳時記第4468話

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 山頂に倶利伽羅(くりから)不動明王の祠堂のある峠は倶利伽羅峠と呼ばれていたが、義仲はここの夜戦に、牛千五、六百頭を集め角にたいまつを結びつけて、敵陣の背後から鞭うって追い入れ,鬨(とき)をつくって攻めたてると、平氏の軍はこの奇計のの不意打ちにうろたえ先を争って逃げ出す。暗さは暗し、道を踏み外した人馬は折り重なって墜落する。死者は軍の大半一万八千と伝えられる。
(佐藤春夫『極楽から来た』)1117

         ため息の出るほど赤い桃の花      

 「ボクの細道]好きな俳句(2207) 京極杞陽さん。「蠅とんでくるや箪笥の角よけて」(杞陽) 作者の代表句かと思います。なんでもないことを「より深く」しかも「踏み込んで」具体的に詠まれているからです。

人と人を結ぶ時は
自分の意見をもたないことである
(石川 洋)

 

木魚歳時記第4467話

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 木曽冠者(きそのかじゃ)義仲はこのころ、越後に攻め入って城長茂(ながもち)を討ち破り、進んで越前に平通盛を破った。平氏は清盛を葬り終わるのを待ちかねて維盛以下、通盛、行盛、知度、経正らが大軍をひきいて北陸の同族を授けて出向いたが、加賀と越中の国境に達すると、ここに迎え撃った義仲のために大敗した。
(佐藤春夫『極楽から来た』)1116

        あのころの母のつぶやきかぎろひぬ

 「ボクの細道]好きな俳句(2206) 京極杞陽さん。「一瀑を秘めて林相よかりけり」(杞陽) 一瀑(滝)を置くことで風景が見違えるくらい迫力が増すことはよく理解できます。どうこう自身の思いをくどく述べないで、読者に「景」を描かせて十分。これは俳句の極意かもしれません。それには作る作者の「達観」がなければできない芸当です。ボクなどあれもこれも詰め込みすぎます。

人生に特効薬はない 
一つ一つの積み重ねの上にしか
花も実もならない
(石川 洋)

 

木魚歳時記第4466話

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 世人は高熱に悩んだと聞く清盛の死を大仏殿炎上の仏罰のようにいうのであった。
 藤原氏の瓦解(がかい)を道長の死に因るように、平氏の滅亡も、その大黒柱であった清盛の死に因るもののように見える。重盛が父に先立って他界していたのも平氏の不遇であった。平氏はすっかり貴族化してしまっていた。しかし、文弱のための滅亡ではなく、ただ統率力に欠けていたのである。
(佐藤春夫『極楽から来た』)1115

          だしぬけに父の怒りや春の雷

 「ボクの細道]好きな俳句(2205) 京極杞陽さん。「大衆にちがひなきわれビールのむ」(杞陽) 全く同感です。ビールで始まる乾が、まず、庶民の飲み会です。ビールが登場すると、俳句つくりも楽しくなります。

人ほど冷たいものはないが
人ほど暖かいものもない
(石川 洋)