木魚歳時記第4261話

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  その白山の湧泉寺の湯屋(というのは浴室ではなく、ただ湯を使う屋内の土間か板間らしい)に馬を引きi入れて洗っている者を見て、僧兵がこれを制止し拒むと、相手は逆に国司の権威を説いて制止に応じない。
(佐藤春夫『極楽から来た』)918-2

      昼寝して夢のつづきをまた見たい

「ボクの細道]好きな俳句(2002) 池田澄子さん。「お辞儀してマフラー垂れて地上かな」(澄子) お世話になった方(恩師とか)に、それも偶然に路上で遭遇されたのでありましょうか? 厚着に着ぶくれ、その上に巻いたマフラーが深々とお辞儀をした時、はずれて地上に垂れていた・・

  わしのよに、(六字)たつけ(炊きつけ)、
  いまわ、やかれて、これでらくらく、     
  なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)))

 

   

木魚歳時記第4260話 

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  白山というのは越前、加賀、美濃に跨る名山で、古来神域とされるが、また権現の仏たちを祭る仏寺も多く、それらがみな延暦寺の末寺になっていた。
(佐藤春夫『極楽から来た』)917

           翡翠のまだかまだかと一眼レフ  翡翠(かわせみ)

 「ボクの細道]好きな俳句(2001) 池田澄子さん。「体育の日を書き物で過ごしけり」(澄子) 作者は、高名な、エッセイストです。高名とか、そうでなくとも、高齢者にとって「体育の日」が近づくと、孫とおつきあい・・天候がが思わしくなければ「晴耕雨読」して暮らす・・そんなフツーの芸当すらヤバイ。このブログ遊びですら、爺さんには荷が重い時もあります(汗)。『極楽から来た』の完結(節目)までがんばります。

 よろこびにわ、なんとなく、
 み(身)のよろこびが、なむあびだぶつ。
 『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4259話

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 法然がはじめて山に上がって来た翌久安三年の春から夏にかけて僧兵どもが騒いで田舎出の少年法然を驚かした事件があって、その紛争の結果、越前の白山が叡山領となったのを読者はまだ記憶しているだろうか。
(佐藤春夫『極楽から来た』)916

       掻き氷赤い髪した女の子

「ボクの細道]好きな俳句(2000) 池田澄子さん。「雁来紅弔辞ときどき聞きとれる」(澄子) 「雁来紅」(秋季)は、雁が渡ってくるころに、葉が美しく染まるところからその名があるそうです。ですから、「葉鶏頭」(はげいとう)の傍題となります。雁来紅の如くあでやかであった故人も亡くなられた.

今は,唯、むなしいかぎりでっす。

  なむわ、わたしで、あみだは、をやで、
  これがろくじの、なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4258話

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  第二十章 白山事件
(一)院の方でも平家でも互いに利用し助け合った協調的な数年の頂点が後白川院五十賀であった。それといのも建春門院が有力な紐帯(ちゅうたい)となっていたせいかもしれない。というのは門院の崩去と一しょに、遠く潜在していた疾病が発してこの協調を破るものが意外な所から現れた。導火線は山法師どもであった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)915

      鵺の子どこが咽だか目玉だか

 「ボクの細道]好きな俳句(1999) 池田澄子さん。「日輪を隠す日光日日草」(澄子) 「日日草」(夏季)は、開花の期間が長いのと、なによりも、一日中咲き続けるところからこの名があるようです。日輪(にちりん)も見えないくらいに照りつける夏の太陽、それにも負けないくらい健気に咲き誇る日日草のたくましさよ。

  わたしや、あなたに、さいそくもろて、
  ときのさいち(そ)く、
  なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4257話

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 おん恨みはいつ消えるとも見えなかった上皇も三年目には新しい寵妃丹後局を見出し給うたが、天皇のおん悲嘆は消える日もなく宝算二十一でご多病に短いご生涯を終って母后の後を追わせられた。
(佐藤春夫『極楽から来た』)914

       真夜中にびっしょり汗をかいている

 「ボクの細道]好きな俳句(1998) 池田澄子さん。「三十年前に青蚊帳畳み了えき」(澄子) 「青蚊帳」(あおかや)。作者のお若い時代のそれでありましょうか?(そう思います)蚊帳の色も、季節を迎えるたびに、畳むたびに色を変えてゆくことでしょう。それでも、蚊帳を吊る季節がくればそれなりの真似事はやってみたい・・

  わたしゃ、あなたに、こころをもろて、
  ときのさいそく、なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4256話

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 そればかりか、お気休めにご病気も軽くいよいよ快方とばかり奏上して置いたのが、突然の崩去を聞こし召されて、当年まだ十五のこの君は終日おん臥所(ふしど)にこもらせて泣き暮らし給うばかり、お側近く仕える者どものお励ましに、やっとお気を取り直しあそばし、おん涙ながらに母后のご冥福のため親しく『法華経』を写させ給うた。
(佐藤春夫『極楽から来た』)913

        教壇のをんな先生ゆすら梅

 「ボクの細道]好きな俳句(1998) 池田澄子さん。「恋文の起承転転さくらんぼ」(澄子) もちろん、起承転転(てんてん)がミソです ! 何が書かれてあつとしても・・あの「さくらんぼ」であるから許されるのです(と思います)。ところで、全学年(教員・児童で10名)という離村の小学校に、新任の「ゆすら梅」先生が着任されました。現実にはありえないでしょうが「起承転結」(きしょうてんけつ)では面白くもなんともない(汗)。


  さいちが、まいらせていただくごくらく、
  なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4255話

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 院のおん嘆きもさることであるが、もっとおんいたわしいのは高倉天皇で、身は六波羅の里内裡に平氏の人質のようになって、おん母后のお見舞さえ御意にまかせぬ。清盛は主上を召し上げられるのをあそれて行幸させ奉らないのである。
(佐藤春夫『極楽から来た』)912

       怖ひほど青鷺ぬつと目交に  目交(まなかひ)

 「ボクの細道]好きな俳句(1997) 池田澄子さん。「旗日とやわが家に旗も父も無し」(澄子) 一転、これはシリアスな・・ようするに、よくわかりませんが、どこの家にも、「父」が居て、どこの家に[「国旗」を揚げる習慣があり、家系とか町内が存続してきた来た・・というのです。

  なんとなく、なんとなく、み(身)をたすけ、
  なんとなくこそ、なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)