木魚歳時記第4673話

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 それにしても陳和卿は、頼朝の正体を見抜いて、この英雄が地獄から来た人であったのをあったのを知っていたかのように思い切って本当の事をいい放ち、そのうえ、その好意まで拒むような剛直な態度に出たのは、単に優秀な工人というばかりでなく、さすがに重源が見込んだだけの人物であった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)1310
 
       悪漢と猫と杓子と狸汁  杓子(しゃくし)    

 「ボクの細道]好きな俳句(2410) 矢島渚男さん。「遠くまで行く秋風とすこし行く」(渚男) 大自然と一心同体になったようで気持ちの良い作品です。秋風とどこまで行くのか? ボクは、そんなことを考えたこともありません! ですから、俳句は上達しません(汗)。

時はいま、ところ足もと
そのことに、
打ち込む「いのち」
永久の御命 
(椎尾弁匡)

 

 

木魚歳時記第4672話

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 陳和卿は人相をよく見る人であったか、それとも義経に対する頼朝の仕打ちについての世評(当時義経にに対する世上の同情は衣川の戦死以来また一段と昂(たか)まっていたから)でも耳にしていたものか、それとも異邦人で他国の権威におそれず、まtいつでも本国に逃げ帰れる立場にあったからでもあろうか、
(佐藤春夫『極楽から来た』)1309 

           本尊は秘仏に御座す薬喰  

  「ボクの細道]好きな俳句(2409) 矢島渚男さん。「花火師か真昼の磧歩きをり」(渚男) 「磧」(しゃく)とは河原のことです。夕刻から花火大会が行われるのでしょう。その準備の「仕掛け」で忙しく河原を歩き回る・・あそらく花火師にとっての正念場かも知れません。さて、ボク自身に、こんな「正念場」はあったでしょうか? ありました。毎日、今でも夢に出ます(汗)。

わがこぼす
白き飯つぶひとつひとつ
とりてふくます母は笑いて
(北原白秋)

 

 

木魚歳時記第4671話

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 頼朝はこの直言に感激の涙を抑えつつ、奥州征伐の時つけた甲冑に鞍馬三頭、それに金銀をそえて贈ったが、和卿は甲冑は造営の釘料として東大寺に施入し、鞍も一つだけは、東大寺のために寄進したが、名馬以下の品々はすべて返却した。 
(佐藤春夫『極楽から来た』)1308

                   今日もまた二度寝決めたり竈猫  竈猫(かまどねこ)       

 「ボクの細道]好きな俳句(2408) 矢島渚男さん。「花吹雪うねりて尾根を越えゆけり」(渚男) 吉野の山でこうした風景を見たことを思い出します。それにしても、年々、お花見の機会が少なくなります。寓居から「魚街道」(ととかいどう)の桜並木を眺めることが出来ます。ありがたい・・そんな時は居ながらの極楽です。 

まことに、
人間の遭遇ほど、
味なものはない。
(折口信夫)

 

木魚歳時記第4670話

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 寿永(じゅえい)三年三月十二日の供養のため、鎌倉から来た頼朝が大仏殿に参詣した時、修復の成った廬舎那仏(るしゃなぶつ)を拝し、陳和卿の技術の巧妙なのに感心して、これに結縁したいと望み重源を通じて引見しようとすると、和卿は、「この人は国敵退治の間、多くの人命を損じて罪業深重だから」 と再三固辞して遂に謁しなかかった。(佐藤春夫『極楽から来た』)1307ー2 

      また来たらまだ寝たままや竈猫  竈猫(かまどねこ)

 「ボクの細道]好きな俳句(2407) 矢島渚男さん。「数へ日のこころのはしを人通る」(渚男) 微妙な心境を詠われた作品です。さて、「自分て何か」。こんなことを考えます。「自分は幸せ」これはそのとおりです。しかし、そこからさきが! 自分以外のことに五感が刺激されます。しかし、まったく手足が出せません。嗚呼(汗)。

ほんとうにあるのは
いまの、ここの自分のみ
(佐々木蓮磨)

 

木魚歳時記第4669話

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 閏七月八日にも光の現れたのを見た者があり、十五日にも二十一日にも両眼よりやや低く、眉間あたりに光明があって、蛍でもそんなに高く飛んでいるのではないかと思われるようであった。
 こういう奇瑞は修復の成った喜びと人々の信仰とによって、はじめこれを見たという叡俊や勝恵の噂を暗示として人々が見たものであろうが、そのために諸人の信仰はいよいよ増したものであった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)1307

            叡山の五つ峰に冬霞 
          
 「ボクの細道]好きな俳句(2406) 矢島渚男さん。「涼風をいひ秋風をいふ頃ぞ」(渚男) わかります。 最近、昭和、平成の日本の発展に貢献された「信頼する」方々の訃報に接することが続きました。このブログでも信頼する方々の「座右の銘」はご紹介していますが・・人生「信頼する」ことが大切では! このごろ、つくづくそう思います。

いだかれて 
われ反抗す
大いなる手に 
(九条武子)

木魚歳時記第4668話

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 どこか高いところに燈籠でもあって、その光が射すのであるまいかと、あたりを見まわしたが何もない。さては、わが目のせいなのかと疑っているところへ、これも夜道をいとわず修復のお姿を拝みに西院の勝恵が、
「あのお光が見えるか」
 と問いかけた。お互いありありと見えるその光を仰ぎ見ながら奇異の思いに打たれたという。(佐藤春夫『極楽から来た』)1306

         本尊は秘仏に御坐す薬喰

 「ボクの細道]好きな俳句(2405) 野見山朱鳥さん。「秋風や書かねば言葉消えやすし」(朱鳥) そのとおりだと思います。このブログでも、繰り返し賢人の方々の名言をご紹介してきたのも、どうかすると名言は<消えやすし>忘れやすし! だからです。繰り返しご紹介を続けるつもりでおります(汗)。

人は 一人では
悪くならない
(石川 洋)

 

木魚歳時記第4667話

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 改鋳は四月十九日からはじめて、五月二十五日に至る三十日あまりを費し、十四回の冶鋳を重ねてどうやらやっと成功の糸口を見つけ、七月中ごろにはおぼ完成の姿を見せて、その後は時々大仏が光を放つことがあったと伝えられる。
 六月十六日の日の暮れ、折からの曇天で月もまだ出ていなかったが、常聞房叡俊がもう一度、もとのお姿にかえった大仏を拝みたいと出かけて見たところ、大仏の眉間に、星影のような光が見える。(佐藤春夫『極楽から来た』)1305 

         相棒においでおいでと竈猫  竈(かまど)

「ボクの細道]好きな俳句(2404) 野見山朱鳥さん。「一枚の落葉となりて昏睡す」(朱鳥) ボクは、高校3年生(10月から)3年間休学しました。病名は結核でした。復学後も体育の授業は2年ほど見学でした。さすが、青春時代の5年間は辛かった。「病葉の己が内なる寂光土」(真隆)。

花を見る時は
タネをまく時である 
(石川 洋)