2019-08-01から1ヶ月間の記事一覧

木魚歳時記 第3901話

人なつっこいご性格を持ちながら、のっぴきならぬ事態から、おん仲睦まじい兄上と敵対し、今またおん父子の仲をさえ傷つけられるおん身の上である。終始、権勢の鬼どもに責めさいなまれるおんいたわしく数奇(さつき)なご生涯に、なまなか高貴なお生まれを…

木魚歳時記 第3900話

しかし新しい天皇の側近にいた奸臣(かんしん)経宗、惟方らは御白河院の院政を目の敵として、事毎に院政に対抗して御白河院おん父子のご不和を醸し奉り、果(はて)は院政打倒を陰謀して平治の兵乱にまで及んだのである。(佐藤春夫『極楽から来た』)583 …

木魚歳時記 第3899話

よき兄上を犠牲にし奉って登った帝位ではあったが、もともと位にはあまりご執着もなかった後白河天皇は、むしろ四の宮時代の自由を愛して庶民の間で今様でも歌い暮らすご身分を望んでおられたので、信西のご進言までもなく、すぐにご退位あらせた。 皇太子守…

木魚歳時記 第3898話

信西にも少し天皇を理解する能力があり、また少し人生を知っていて、義朝が彼に差延べた手の処理を誤らなかったならば、平治の乱も彼の身の破滅もなかったであろう。 美福門院が血のつながらない育ての孫守仁を立皇太子の事は既に記した。それ故、皇太子が十…

木魚歳時記 第3897話

(五)よき乳母に対する愛と感謝とをうつしてその夫を寵遇し給うたので、決して信西の才能手腕のみを用いたのではない。しかしうぬぼれた信西はそこに気がつかなかった。 天皇はまた孤独な少年時代の思い出竹馬の友信頼をなつかしく思うてこれを用い給うた。…

木魚歳時記 第3896話

この紀の二位に対する心がやがて、その夫信西に対する信任と重用とになったのである。 しかし権臣信西は、朝子ほどには天皇をお理解し奉らない。暗君(あんくん)ではなかった。 信西はただブッキッシュな知識人で、人間をも人生をも深くは知らない野心家に…

木魚歳時記 第3895話

「文にもあらず、武にもあらず」などとおん父をはじめ周囲からその才能を軽んじられた四の宮の、少々異常でこそあれ、決して凡庸でない才能も、また知らぬ間になつかしい兄上と敵対しなければならない悲運に立ち至ったために、性格をさえ全く誤解されてしま…

木魚歳時記 第3894話

後白河天皇がこの兄君が血書手写の経文を無視できるほど気の強いお方ではなく、ごく人なつこい、他の愛情に飢え、だから情愛にはもろくおぼれるお方であらせられた。このご性格はおご幼少からお仕えした朝子が誰よりもよく存じ上げている。(佐藤春夫『極楽…

木魚歳時記 第3893話

新院が讃岐から送ってよこされた血書ご直筆五部の大乗経さえ受けつけないで突き返したというのは、新院の不運をいたみ奉る世人の作り話で、決して後白河天皇の朝廷がした事実ではない。この経文は当時天皇のおん手から、よきに計らえとの勅とともに、元性法…

木魚歳時記 第3892話

それほどに思う兄上を、辺土の讃岐にうつしうつし奉ったのを、弟四の宮の意志とは兄上も思いにはなるまい。すべては時の勢いによって周囲の人々が敢えてしたところであった。(佐藤春夫『極楽から来た』)575 看板に「百足屋」とあり百日紅 百日紅(さるすべ…

木魚歳時記 第3891話

何人かは知らん。いや紀の二位ばかりは知るでもあろう。御白河院は生涯おん兄崇徳天皇をしたい奉り、むかしこの兄と鳥羽の田中殿に朝夕お互いにいつくしみの言葉を交わし、無言の間にも相通じた兄上の理解と紀の二位の愛情とに護り包まれていた天皇でもなく…

木魚歳時記 第3890話

しかし、この門院のご相談というのは、いつも名ばかりで、実は強制的な力のあるものではなかったから、四の宮はいつの間にやら、渦潮のなかに吸い込まれた小舟のようにみ位に立てられ、そうして心にもあらず、あの思いやり深い兄上を、仇も恨みもなくて敵に…

木魚歳時記 第3889話

しかし、わが子守仁を引き取り、養っていていただく以上は、門院の仰せを無下には退け奉ることもできないで退出した四の宮であった。(佐藤春夫『極楽から来た』)573 父さんと母さんが居て鱧の皮 鱧(はも) 「ボクの細道]好きな俳句(1638) 種田山頭火さ…

木魚歳時記 第3888話

(四) 歌い暮らして何不足ないその日ごろの境涯に満足し切っていた四の宮にとって、この相談はむしろ迷惑なものであった。 今まで見聞している九五の尊位というものは、決してただ今のような気楽なものではないらしい。凡庸(ぼんよう)なわが身ふぜいでは…

木魚歳時記 第3887話

身を責めることの多かった四の宮は、あるいはお叱りの事もやと、伺ってみると、夢にも思ってみたことのない皇位継承のご相談なのである。寝耳に水のお言葉に、新院との折り合いなども思い合わして、その場でははかばかしいお返事もできないで、「しばらく考…

木魚歳時記 第3886話

こんな危っかしいことをする人が門院のお気に入りで、わが身代わりに高野の兼海上人に仕えさせていた門院の猶子大納言のアジャリというのは、この成道の末子なのである。 近衛天皇がご年少のおん身で崩御のころは、折からよい師匠を見つけた四の宮は、歌の修…

木魚歳時記 第3885話

「とんでもないことをしでかすやつ」と、大のふきげんで、参籠して毎日こんあことをされてはとと参籠もとりやめて帰ったというが、当の成道は、 観音も知り見させ給へ をどり上がって鞠(まり)をあぐとも 落とすべしともおぼえざりけりと、これも得意の今様…

木魚歳時記 第3884話

勾欄(こうらん)に寄ってみると、同じことなら、この上で鞠(まり)を蹴ってみようと思い立ち、蹴鞠(けまり)の沓(くつ)のまま勾欄(こうらん)の上を、東から西へ、西から東へと立ち直って鞠(まり)を事もなげに蹴りあげつ二度渡った。参詣人四、五人…

木魚歳時記 第3883話

藤原成道は民部卿宗通の子であるが、千日欠かさず練習の結果、蹴鞠(けまり)の名人になった人であった。一日、父宗通の参籠(さんろう)のお共をして清水に参り、鞠(まり)を持ったまま仏前の一礼をすますと、舞台の勾欄(こうらん)を沓(くつ)のままで…

木魚歳時記 第3882話

美福門院は独裁的な気質、俗にいうかかあ天下的な一面とともに、こういう侠気(きょうき)もある女性であったから、主人のために身も世もあらぬ嘆いている朝子に同情し、これを助ける気にもなったのであろう。 この門院世に超異したおもしろい性格は、たぶん…

木魚歳時記 第3881話

四の宮が大納言経実の女懿子との間に一子守仁をひそかに設けた時、朝子は罪を一身の監督不行き届きに帰して、どう身を処しておわびを申し上げようか、とひたすらに嘆きわずらうそのふびんさを見かねた美福門院が、四の宮のためというよりは、紀の二位のため…

木魚歳時記 第3880話

(三)紀の二位朝子は、もと待賢門院にお仕えして二の宮の乳母になったのだが、その純情可憐に美しい人がらは、後宮の複雑な勢力争いの間にあっても、何人にも憎まれることがなかったのでも知られる。(佐藤春夫『極楽から来た』)564 和尚さてつかみ損ねし…

木魚歳時記 第3879話

朝子は紀州田辺(たなべ)の産で、熊野三山別当の女というが、やや色黒であったが眉目みくからず、何よりも心利いて、ごく率直に親切第一の主人思いの女人であった。 それ故、人々がとかく重んじない四の宮を心やさしいお方とあがめ、敬いいとおしみ奉り、わ…

木魚歳時記 第3878話

そのため、同好の友人仲間の歌い相手には不自由はしなかったが、歌がだんだん我流になってしまうように思えて、時々はほんとうの上手と歌いたいのに、その歌い相手に事を欠く始末であった。 この嘆きを乳母の朝子にうち明けると朝子は奔走し、つてを求めて目…

木魚歳時記 第3877話

新院はお気づきの様子であったが、格別やかましくお禁じにもならないのを幸い、この時も一月あまり歌い明かしたものであった。このころ困ったことといえば、遊女くぐつ女(め)などのなかには用もない遠慮をして、 「わたしどもは新院の御所ではもったいなく…

木魚歳時記 第3876話

新院のありがたい心づかいを喜んだ四の宮はその時おん兄と鳥羽の田中殿に行って住んだ。兄上の手前をはばかりながらも、ちょうど歌の修行に油の乗り切った最中でもあり、歌い暮らす生活はやめられず、晩春首夏の好季の夕暮れに乗じて田中殿を抜け出し、同じ…

木魚歳時記 第3875話

新院は弟を理解し同情した。しかし、人々が放蕩(ほうとう)と呼ぶそんな生活が、弟の身を毒し、やがて破壊にみちびくのを恐れた。 あたかもご兄弟のおん母がおなくなりになって、ご兄弟が同じ悲しみを分け合っている時機に、兄新院は十年ばかり年下の弟を誘…

木魚歳時記 第3874話

朝晩ひとり歌い暮らしつつ十二、三になっていたが、十五のころには本式に歌う志を立て、その後は遊女や、くぐつ女(め)、さては専門の歌い手などを歌い相手として自由に楽しく交友した。 格式ばらない庶民の自由さ、庶民生活の情愛ゆたかな楽しさをほんとう…

木魚歳時記 第3873話

(二)おん母待賢門院の寵はもはや美福門院にうつっていた関係もあり、また四の宮のこととして、少年時代はうち捨てられた境涯で、専ら乳母お二の位の手に委ねられた。 歌わずに居れないさびしさに、偶然にも生涯の守り本尊となった歌菩薩に奉仕しはじめたの…

木魚歳時記 第3872話

上皇は震怒遊ばされ、清盛に命じて経宗、惟方二人を禁中にからめ捕えさせ、経宗を阿波、惟方を長門国へ流した。永暦元年三月、乱後、百年も経たない時であった。 上皇が震怒あらせられたのも道理。深く庶民を愛し、庶民の生活にあこがれた上皇にとって、街の…