木魚歳時記第4882話 

と見ているうちに視野をさえぎって半間はばの土間一ぱいに通って来るものが近づいて来たので首をひっこめた。「おやじ、何か用かい。また酒手の催促ならもう沢山だぜ」と座敷にへ首を出していう。二人は酒気は帯びていないがてっきり赤鬼、青鬼である。おや…

木魚歳時記第4881話 

「奴らも大ぶん酒手(さかて)の支払いをためて置きやがるから、おれからもすすめてやらせるよ。どうれちょっと表へ出て来よう。もう来ているかも知れない」と表に出て行った店のおやじは座敷に帰ってきたが、「鬼どもはまだだった。来ればすぐ知らせるよう…

木魚歳時記第4880話 

「そうだ。身の上は明かさないが、どうも平家の残党らしいのだが、兄弟でどちらも一升酒をあおるのだが、ひとりは飲めば赤くなるし、ひとりは飲めば飲むほど青くなるのだ。。面白がって皆で、赤鬼、青鬼とあだ名している。鬼というのにふさわしい豪気な奴ら…

木魚歳時記第4879話 

(四)しばらくして、客が主人の耳もとで何やら囁(ささや)くと、主人はうなずき、最後に、「なるほど、そいつはちょっとした仕事だな」「うん」と客はいう。「でも、おれにはいま子分もなし、自分ではとてもやれない」「ちょうどいいのが、いまに来るよ。…

木魚歳時記第4878話 

この家の主というのは、昔たまたま郷里が近いというので親しんだ博徒仲間であるが、彼はこうして、ともかくも一家を営んでいるのを、定明は途(とも)すがら立ち寄って昔なじみの恵みに預かろうとしているのである。(佐藤春夫『極楽から来た』) 遠景のに小…

木魚歳時記第4877話 

旧主宗輔は保元(ほげん)元年八月十九日には左大臣、翌年八月十九日には同族の伊通よりも先に太政大臣にさえなっていたが、そのころは疾(と)くにその家から去って、近畿諸国の荘園の武士となり、つづいて博徒(ばくと)となり、更に強盗の群れにさえ身を…

木魚歳時記第4876話 

それにしても既に半世紀以上も我々の世界から遠ざかって、不意に今ここに現れた彼は福も禄もなくいたずらに寿のみに恵まれて、今八十を幾つかすぎた老体でいつ死ぬとも知らない落魄(らくはく)の身で、今はだれひとり知るべもなく、ただ父母の墓のあるばか…

木魚歳時記第4875話 

奥まった天井の低い部屋に落ちつくと主人は主婦に命じて酒を持って来させ、主客はしきりに杯を応酬している。 酒がまわるに従って、多弁になった彼らの対話によって、我々は思いもかけない事を知ることが出来た。このよぼよぼのみすぼらしい老旅客ちうのは、…

木魚歳時記第4874話 

港の入船からしょんぼりと下りると、すぐ片側町を目ざしてたどり、しばらくうろうろしていたが、つい町並みの一軒のささやかな居酒屋めいた家の中に入って行った風体も人相もあまりよくないよぼよぼに老いたひとりの旅人があった。 早速に家の主に迎えられて…

木魚歳時記第4873話 

ここは加茂神社の荘園領となっていたから、その出先のあたりの青松のなかに丹塗りの鳥居が見えるのでも加茂神社の分祀と知られる。 町は小山を背に負い、港の奥の汀(みぎわ)に沿うてただ一筋の片側町であるが、家居ゆたかにいらかは松の梢越しに連なり光っ…

木魚歳時記第4872話 

(三)高砂からは海路わずか六里ばかりで室の津(むろのつ)である。この港は男鹿島(だんがじま)、家島、西島など多くの島々のかげに風波を避けて、ささやかな入江ながら、湾口のほかは三方みな小山に抱かれて昔ながらのよい泊まりであるが、ことに近年は…

木魚歳時記第4871話 

五十八歳のころの兼実の上人に対する帰依は、異常ななほどに達していて、上人が兼実を訪ねて退出を見送った兼実は、頭に後光(ごこう)を現じ、蓮華を踏みながら庭の橋を渡られた奇瑞(きずい)をまのあたりに見たとも伝えられているほどである。(佐藤春夫…

木魚歳時記第4870話 

法然はこの戦跡地を弔おうとするかのように船を捨てて馬に跨(またが)り、馬の口を平家の遺弧(備中守師盛(もろもり)朝臣の子)勢観房源智にとらせ、松帆の浦あたりから吹き通う春風のなかに、ゆるゆると馬をうたせつつ、往時を語り弔い、権勢の空しさを…

木魚歳時記第4869話 

鳥羽の南の門に用意されていた川船に乗り移って、鵜殿(うどの)、渚院(なぎさのいん)、三島江(みしまえ)、鳥飼(とりかい)、江口(えぐち)など両岸の春色をながめながら、この紳聖な流人は愁いのない人のように淀川を下った。 有為転変をまのあ たり…

木魚歳時記第4868話

謙虚な上人もさすがに凱旋将軍の万歳を聞くような気持ちを禁じ得ないうちにも、ふと、六十年前、美作(みまさか)の故山を出ではじめて都にちょうどこのあたりで、法性寺前(さきの)関白忠通公の牛車の盛大な行列に出会った懐かしい思い出をも、その同じ道…

木魚歳時記第4867話

未明の都門を朝霞にまぎらせて追放しようという企てにもかかわらず、上人遠流の日を聞き知った道俗の老若男女が輿を迎えて上人を見送る人垣が、造り道の左右に群れていた。その気配に気づいた法然は自身で輿の帳(とばり)をはね上げて、にこやかに顔を群集…

木魚歳時記第4866話

輿には自らその任務を買って出た門弟、角張(かくばり)の入道成阿弥陀仏(じょうあみだぶつ)が力者を従えてこれを宰領しつつ、輿は静かに法性寺門を出ると、造り道を鳥羽の草津に向かった。あとには師の上人を護衛するかのように門弟が六十人ばかりつきそ…

木魚歳時記第4865話

法然はこの日かって人々の心配を案じたか、平素よりも元気よくてきぱきと振る舞い、老人らしいところは少しも見えなかった。 別れを惜しむ兼実に対してもtだ一語を残して庭に下り立ち、さすがに後ろ髪を引かれる思いはあるらしく、合掌して伏し拝み見送って…

木魚歳時記第4864話

法然は、最初の師観覚房得業の教えを固く守って、平素は輿(こし)や車い乗ることはなく、いつも金剛草履であるいていたが、この日は上人の高齢と長い旅路とを案じた兼実の計らいで特に輿の用意があったのを法然も拒まなかった。(佐藤春夫『極楽から来た』…

木魚歳時記第4863話

(二)承元元年(1207)三月十六日、いつも早起きの法然は、前夜来招かれて泊まっいた九条兼実の法性寺第、小御堂の未明に目ざめた。今日がいよいよ流刑の日で、特に早朝人々の目のつかないうちに、都門から出るようにとその筋の達しがあったからである。(…

木魚歳時記第4862話

「都に居れば大丈夫、辺土では必ず危ないと決まった人の命でもありますまい。漢土では白楽天、わが朝では道真公など流謫(るたく)は聖賢の行くところです。わが身には過分な朝恩ととも思います。永年志してまだ折もなかった辺鄙(へんぴ)の地の人々に法を…

木魚歳時記第4861話

上人がいよいよ流罪と決まって、都を立たれる前夜を、兼実は、当時小松谷の房にいた法然を、法性寺のわが邸に招いて語り明かしたのも、ただ名残を惜しむばかりでなく、さびしい小松谷の御房では、この夜を最後の機会と狙う暴漢が、愛児良経にしたような凶行…

木魚歳時記第4860話

この生き仏さながらの現象は、兼実のほかその場に居合わせた何人も見なかったというのだから、これは兼実の上人に対する深い信仰が発露しこの奇瑞となったものに相違ない。 それほどに帰依し参らす上人を遠くに送らねばならない兼実の心事はどれほど切なかっ…

木魚歳時記第4859話

五十八歳のころの兼実の上人に対する帰依は、異常ななほどに達していて、上人が兼実を訪ねて退出を見送った兼実は、頭に後光(ごこう)を現じ、蓮華を踏みながら庭の橋を渡られた奇瑞(きずい)をまのあたりに見たとも伝えられているほどである。(佐藤春夫…

木魚歳時記第4858話

むこの綽空(親鸞)を死罪から流刑に軽減することは慈円も賛成したが、法然は元兇(げんきょう)だからといって慈円はその減刑には協力しなかった。すでに八宗共通の法敵とされた以上、慈円大僧正の力でも、どうにもならなかったのかも知れない。(佐藤春夫…

木魚歳時記第4857話

また才気に富む弟慈円が、専ら家門のために謀った画策は、はしなくも犠牲として、彼の最愛の次男良経を暴死に導く結果となった。 のみならず慈円大僧正が宗教界のイニシャティ-ブを保持せんがために策したところは、愛児の死からまだ一年も経たない落莫たる…

木魚歳時記第4856話

第三十三章 室津の旅びと(中略) (一)気の毒なのは九条兼実であった。摂関家の嫡流(ちゃくりゅう)にすさわしいこの温厚な長者の晩年は、さながらに最高の斜陽貴族の蕭条(しょうじょう)たる姿であった。 彼が盟友頼朝のために文治(ぶんじ)以来朝廷へ…

木魚歳時記第4855話

(五)念仏の聖徒を死ねばよしかに扱っている、だれが死んでやるものか。これこのとおり念仏申し申し、こうして生き貫いてやるぞと、綽空は強い。 彼は流刑と聞いた時から、法規に従い農耕の覚悟ができていた。だから郡司年景にその決意を申し出た。始め都人…

木魚歳時記第4854話

やっと辿り着いた配所は頸城郡国府の竹内に近い五智如来景の(ごちにょらい)を祀った国分寺迂津梁院の門前三、四町を過ぎた大湯村という寒酸たる在所であった。 領送使の手から郡司萩原年景に引き渡された綽空が、年景の下司に導かれた住居は、八畳の屋根の…

木魚歳時記第4853話

やっと辿り着いた配所は頸城郡国府の竹内に近い五智如来景の(ごちにょらい)を祀った国分寺迂津梁院の門前三、四町を過ぎた大湯村という寒酸たる在所であった。 領送使の手から郡司萩原年景に引き渡された綽空が、年景の下司に導かれた住居は、八畳の屋根の…