2022-01-01から1年間の記事一覧

木魚歳時記第4902話 

柴の戸にあけくれかかる白雲をいつ紫の雲に見なさんと、日夕去来する雲煙の美を見るにつけても浄土に入る日を待ちわびながら、山中の幽棲は四年間にも及んだ。(佐藤春夫 付録章『一枚起請文』) あのころは空白のままサングラス 「サングラス」は夏季となり…

木魚歳時記第4901話 

勝尾寺は箕面(みのお)山の北方にある山中の大寺で大和長谷寺と同年の建立という由緒もあり、その平安朝の全盛期には高野山にも劣らなかったいわれるが、源平の戦時に平家方がここに隠れたため焼き払われたのを熊谷直実らが再建に努力したともいうから、上…

木魚歳時記第4900話 

流刑の勅免はあった。しかし法然は直ちに都に入るを許されなかった。これもやはり南都北嶺への朝廷への思わくであったかも知れない。 法然は押部(今の神戸)で船を捨てると、しばらく滞在して摂津の勝尾寺(かつおうじ)に隠棲の地を定めた。(佐藤春夫 付…

木魚歳時記第4899話 

しかし疑えば良経の旧領にまだ九条家の勢力が残っていたのではあるまいか。さもないと親鸞が越後に流されている事実は理解しにくい。すると法然も讃岐ではないといい切れまい。何れにせよ、法然の流刑は、流された同じ年の十一月に十七日、最勝四天王院の供…

木魚歳時記第4898話 

流刑の地やその日時まどにも諸説がある。しかし流刑の地に関しては、辻善之助教授の『日本仏教史』には「・・・事実は土佐に流されたのであろう。その故は、讃岐は兼実の子良経の領であったが、良経の薨後(こうご)遺領讃岐と越後とを以て土佐に代えた事が…

木魚歳時記第4897話 

しかし親鸞には多くの自らを語ったものがあり、法然にはその門下の師を伝えたものが多い。非常に多い。むしろ多すぎる。門弟たちはその師をわが仏尊く、さまざまに書き立てて多くは伝説化し、またそれが当然に同一でないためそのどれを信じてよいのか迷う。…

木魚歳時記第4896話 

一たい、法然に関する公の記録はほとんど無い。彼が官僧でなかったためであろうが、また、彼を抹殺しようとsた形跡がないでもない。それでも『玉葉』(ぎょくよう)や『三長記』(さんちょうき)など公卿の日記には残っているが、親鸞に至ってはそれもない…

木魚歳時記第4895話 

いわれて見れば、蛇に足を描くそしりは免れないと知りながらも、それではと、書き足りないうちでも特に足りないかと思われる二、三の素材に、ノート代わりに付録として書きつけて置こう。亦(また)、一種の窯変(ようへん)と見られたい。 法然が僧籍から削…

木魚歳時記第4894話 

付録章 一枚起請文 (一)「拙作は前章、第三十三章百七十回でめでたく完結したつもりである。錯雑不備は承知であるが、そのうちに自らな余韻を託し、あとは読者の自由な読み方に委ねて、あれで擱筆(かくひつ)したいのが、作者の本意である。」しかし、編…

木魚歳時記第4893話 

上人は弟子どもを叱って、わしらを無事に逃がしてくれた。おかげで思い出しても身震いの出る怖ろしい一夜であった」「さもあろう、おれは話に聞いただけでも怖ろしい」と定明も力なく答えた。 法然の流罪は申しわけの僅か半年ばかりで、それも塩飽の兼実の荘…

木魚歳時記第4892話  

とまたひとしきり念仏をはじめ『何も分ける物もない。せっかく推参の礼に膝(ひざ)でも貸そう。眠って帰りやれ、お身たちに安眠の場もあるまいが、わしの膝なら大丈夫、安心して眠れよう。わしが守って進ぜるから』といわれて、念仏を子守唄にいい気持ちで…

木魚歳時記第4891話

『ただ、江口の君たちが、たってと取らせた発心(ほっしん)のしるしという黒髪の束、いずれも長くつやつやしいのを二十穂本ほど忝(かたじけな)い志と納めたほかは、わが身の物とては、この手垢だらけの木の実の古念珠(じゅず)が一つ、もめんと麻との黒…

木魚歳時記第4890話

『ご房は世に高名の上人とか、定めし道中のお布施も多かろう。それを分配頂こうとわれら兄弟で参上、お驚かせ申して相すみませぬ』というと、静かに伏せていた眼をかっと見開きただならず光らせて、『それはご苦労、相すまぬはこちらのこと、日々の糧(かて…

木魚歳時記第4889話

「押し入っても念仏は少しのみだれもないで、かえって声に力が入ってくるばかり、その時から気を呑まれていたが、あとがますますいけない。わしは何度となく戦場にも出たが、あんな恐ろしい目にあった事はない。な、青鬼、よぼよぼの老いぼれ法師、一喝すれ…

木魚歳時記第4888話 

その夕方、赤鬼青鬼は飛び出した時の元気にも似ずすごすごと帰った。不景気な顔は問わずして仕事の不首尾を語っていたが、待ち受けた定明が問うと、彼らは大のふきげんで報告した。「小豆島(しょうどしま)から豊島(としま)、男木島(おぎしま)、直島な…

木魚歳時記第4887話  

人のよさが彼を一人前の悪漢にしなかった代わりに、同輩や後輩から常に愛すべき好漢として生活を保障されたのがかえって禍し、悪い仲間から生涯足が抜けなかった。 今さら気をもんでみても仕方ないとあきらめ、勧めるままに旅の疲れをいいわけに早く床につく…

木魚歳時記第4886話 

(五)室の津に来て旧知の家にころがり込み、赤鬼、青鬼を海上の仕事に送って後、彼は上人の昔の小矢児とも知らないが、若者らの行動を想像して落ちつけない。彼には悪漢の素質は絶無であった。ただもののはずみで運悪く、柄にない悪の世界に落ち込み、境遇…

木魚歳時記第4885話 

「やらないでおくかよ」「でも決してあやめるなよ。罰はてきめん、おれは若い時、人をあやめそこねてこの身の上だ」 赤鬼、青鬼は合点してふるまい酒も二、三杯で盃を捨て、「ぐずぐずしていては追つくに骨が折れるから」 と、席を蹴って、夕闇の中に飛び出…

木魚歳時記第4884話 

「わかっているよ。いま海から来たが、途中でその上人の船を見て来た。遊女どもが日傘の下で歌いながら上人の船へ漕ぎ寄せるところを、上人になんで遊女の用があるのかと思ったら、道理で、破戒僧の総元じめの流され上人か」「で仕事はやるな」(佐藤春夫『…

木魚歳時記第4883話 

といわれて、二人のたくましい若者はどしりと座敷へ上り込む。おやじは、彼らを引き合わしていう。「この若い衆たちは今ほど話した頼もしい赤鬼、青鬼どのだ。それでこちらお父っつあんはわしも永年世話になっている兄貴だ。この兄貴がお前さんがたにいい仕…

木魚歳時記第4882話 

と見ているうちに視野をさえぎって半間はばの土間一ぱいに通って来るものが近づいて来たので首をひっこめた。「おやじ、何か用かい。また酒手の催促ならもう沢山だぜ」と座敷にへ首を出していう。二人は酒気は帯びていないがてっきり赤鬼、青鬼である。おや…

木魚歳時記第4881話 

「奴らも大ぶん酒手(さかて)の支払いをためて置きやがるから、おれからもすすめてやらせるよ。どうれちょっと表へ出て来よう。もう来ているかも知れない」と表に出て行った店のおやじは座敷に帰ってきたが、「鬼どもはまだだった。来ればすぐ知らせるよう…

木魚歳時記第4880話 

「そうだ。身の上は明かさないが、どうも平家の残党らしいのだが、兄弟でどちらも一升酒をあおるのだが、ひとりは飲めば赤くなるし、ひとりは飲めば飲むほど青くなるのだ。。面白がって皆で、赤鬼、青鬼とあだ名している。鬼というのにふさわしい豪気な奴ら…

木魚歳時記第4879話 

(四)しばらくして、客が主人の耳もとで何やら囁(ささや)くと、主人はうなずき、最後に、「なるほど、そいつはちょっとした仕事だな」「うん」と客はいう。「でも、おれにはいま子分もなし、自分ではとてもやれない」「ちょうどいいのが、いまに来るよ。…

木魚歳時記第4878話 

この家の主というのは、昔たまたま郷里が近いというので親しんだ博徒仲間であるが、彼はこうして、ともかくも一家を営んでいるのを、定明は途(とも)すがら立ち寄って昔なじみの恵みに預かろうとしているのである。(佐藤春夫『極楽から来た』) 遠景のに小…

木魚歳時記第4877話 

旧主宗輔は保元(ほげん)元年八月十九日には左大臣、翌年八月十九日には同族の伊通よりも先に太政大臣にさえなっていたが、そのころは疾(と)くにその家から去って、近畿諸国の荘園の武士となり、つづいて博徒(ばくと)となり、更に強盗の群れにさえ身を…

木魚歳時記第4876話 

それにしても既に半世紀以上も我々の世界から遠ざかって、不意に今ここに現れた彼は福も禄もなくいたずらに寿のみに恵まれて、今八十を幾つかすぎた老体でいつ死ぬとも知らない落魄(らくはく)の身で、今はだれひとり知るべもなく、ただ父母の墓のあるばか…

木魚歳時記第4875話 

奥まった天井の低い部屋に落ちつくと主人は主婦に命じて酒を持って来させ、主客はしきりに杯を応酬している。 酒がまわるに従って、多弁になった彼らの対話によって、我々は思いもかけない事を知ることが出来た。このよぼよぼのみすぼらしい老旅客ちうのは、…

木魚歳時記第4874話 

港の入船からしょんぼりと下りると、すぐ片側町を目ざしてたどり、しばらくうろうろしていたが、つい町並みの一軒のささやかな居酒屋めいた家の中に入って行った風体も人相もあまりよくないよぼよぼに老いたひとりの旅人があった。 早速に家の主に迎えられて…

木魚歳時記第4873話 

ここは加茂神社の荘園領となっていたから、その出先のあたりの青松のなかに丹塗りの鳥居が見えるのでも加茂神社の分祀と知られる。 町は小山を背に負い、港の奥の汀(みぎわ)に沿うてただ一筋の片側町であるが、家居ゆたかにいらかは松の梢越しに連なり光っ…