2019-01-01から1年間の記事一覧

木魚歳時記第4018話

ただ艶麗(えんれい)なだけではなくいかにも明朗闊達な新興武家の出にふさわしい女性であった。これを少女時代に発見した上皇は、さすがにお目が高いというものであろう。「女子はただ心の持ち方一つで幸せにも不幸にもなるものである」「身を慎んで品位を…

木魚歳時記第4017話

暑やとて、おん小袖の御胸ひきあげてふたふたとあふがせ給ふ。とこの女院の侍女の一人が記した文に見えるのも、ひきあげた御胸の色白く肉付ゆたかなのが同性の目にも「あな好もし」と感じたためであろう。(佐藤春夫『極楽から来た』)689 綿虫は吐く息より…

木魚歳時記第4016話

女院の面影は、この世に比べるべき何物か弥もないほどで、強いてこれを求めるとわずかに弥生の空の下ににおうばかり吹きこぼれた桜だけがいくらか女院に似ているように思われるばかり、聡明、謹厳、自尊、寛容、それに衣類も、当時流行の紺などは見ぐるしい…

木魚歳時記第4015話

この皇子は後の高倉天皇として清盛の次女徳子を中宮に入れて生ませた安徳天皇にみ位を譲り、平家の栄華をここに結晶さる核心となり、やがてはその崩壊の因子ともなった。清盛の異常な官位昇進のかげには、彼女に対する院の寵愛が無かったとは云えまい。 滋子…

木魚歳時記第4014話

彼女は時信の次女で清盛の妻の妹であるが、上皇がはじめて目をつけた時は、平治の乱の翌年で清盛もまだただの参議であったし、彼女は大柄で色白に豊頬明眸の可憐な少女にしか過ぎなかったが、上皇の寵を得て十五歳で上皇の一皇子を生み奉った。(佐藤春夫『…

木魚歳時記第4013話

(三)しかし武将兼大貿易商人であった清盛の心を尽くし金ににあかしてのごきげん取りも、後白河上皇の心に結びつけたものは、小弁といった院の後宮の一少次女、平滋子(しげこ)の容色であった。(佐藤春夫『極楽から来た』)685 花野来て己が居場所を探し…

木魚歳時記第4012話

蓮華王院は千手千眼(せんじゅせんげん)観音像一千一体と二十八部衆とを安置した長大な仏殿で、これは以前、忠盛が天承(てんしょう)元年三月十三日、鳥羽法皇の御願を奉じて造建した得長寿院の先例を追うたものであった。というのは得長寿院は、忠盛の昇…

木魚歳時記第4011話

三十三間堂の蓮華王院もこの地と法皇の法住寺院御所との間に六波羅の近くに在った。 法住寺院は六波羅の南十余町に上がる土地で、もと種々の建物のあったところへ、強引に割り込み、ためにもとの建物を壊させ、人々のうらみを買った。蓮華王院はこの法住寺御…

木魚歳時記第4010話

一たび平治元年の師走の、天皇と上皇とを忍ばせた二台の女車が、兵火の煙の末が立ち迷うこのあたりに渡らせ給い、関白以下百官のはせ参ずるに至り、清盛をして「一門の繁栄、弓箭(きゅうぜん)の面目」と狂喜せしめてよりこのかた、昔日の狐狸の棲家、六波…

木魚歳時記第4009話

清盛は父の旧邸を賀茂川の方に広げて、百七十余棟みまで大々的に建て増した。 彼の全盛時代には、北の鞍馬路からはじまって、東の大路ををへだてた東南のかど、小松殿まで二十余町におよぶまで門を連ね、軒を並べた一族親類、郎党眷属を住居を細かに数えると…

木魚歳時記第4008話

はじめに忠盛がここに賀茂川を一町へだてて、方一町五十戸棟あまりの邸を構えた当時にあっては、鳥辺野に近いこの地は人のあまい喜ばない陰気でさびしい土地であった。しかし目の利いた忠盛は将来の発展を見越して、ここを一門のための居住地として置いた。 …

木魚歳時記第4007話

かの「市の聖」空也上人が、はじめ布教地としたのは、庶民の往来の多い下京ああたりが主であったが、精舎(しょうじゃ)を構えるにあたっては、川を越えて、当時全く閑却されていた六波羅の地を相して、ここに自刻の十一面観音を安置して西光寺といったのが…

木魚歳時記第4006話

(二)六波羅の地は、五条の東、賀茂川の左岸一帯の地で、もとは東山麓の丘陵地帯と思われるから、その地名も或いは「麓原」(ろくはら)ではなかったかといわれ、十世紀以前には、人煙もまれな森林地帯であったろう。(佐藤春夫『極楽から来た』)679 また…

木魚歳時記第4005話

彼は自家の家人を海賊に仕立てて、これを討伐降伏させて、官位を進めるようなキワドイことも敢えてするような人物であったらしい。 一族のために六波羅を占めて置いたのも、また刑部卿忠盛の仕事であった。(佐藤春夫『極楽から来た』)678 鬱の日のちちんぷ…

木魚歳時記第4004話

忠盛はまず宮廷の文化を身につけて一族が貴族と交際の緒口(いとぐち)とする一方、大陸との密貿易による富の蓄積によって朝廷および廷臣たちに巧みに取り入り、白河院の寵をほしいままにしていた。(佐藤春夫『極楽から来た』)677 秋風や向う三軒両隣 「ボ…

木魚歳時記第4003話

これらの処世の才能、やがては政治的手腕であるが、これはもとより清盛の天龍にも似たすべての幸せは、みな父、忠盛から受けついだものであった。 忠盛りはすべての方面にわたって平家勃興の基礎工事を完成した人で、その子清盛は父ののこして置いた基礎の上…

木魚歳時記第4002話

と仰せられ、おん目に涙さえ浮かべられたのには、使いの者は身のとがあるかのように、やる瀬なく切なかったと語ったと伝えられ後白河院と二条天皇、ご父子のおん不和を如実に示す一例である。これほどに切迫した中にあって、過不足なく中立を守った清盛の手…

木魚歳時記第4001話

この蓮華王院の落成に当たって、長寛(ちょうかん)二年十二月十七日、その供養のため、上皇は天皇の行幸を仰ぎ、また寺司のための鑑賞を願ったところ、その二つともに勅許がなかったので、上皇はどれほど無念に思し召したことか、その返事をもたらした使者…

木魚歳時記第4000話

上皇のためには永年御宿願の千手観音千一体の仏堂、俗に三十三間堂といいなしている蓮華王院を造営して寄進するなどの一方、皇居の近くに宿直室を設けて朝夕、天皇に伺候し奉る有様で、これには彼もひと方ならぬ苦心をしている様子であった。(佐藤春夫『極…

木魚歳時記第3999話

清盛は甚だ世故に長けた要領のいい人物で、後白河上皇の院と二条天皇の朝廷との甚だしい敵対の中間にあって、その双方が一躍有事の日のために、清盛を味方に引き入れようと必死の努力をするなかにあって、あくまでも厳正中立的に双方にへ当分の好意を見せて…

木魚歳時記第3998話

上皇もまたしきりに清盛の官位を昇らせてその年に権大納言に任じ、翌仁安元年、内大臣に進め、その翌年は左右大臣を越えて一躍太政大臣に任じられた。平治の乱後ここに至るまでのわずか八年であった。 清盛のこの驚異的な官位の躍進は、彼の武功のほかに、宮…

木魚歳時記第3997話

永万(えいまん)元年七月、二条天皇は位を皇子六条天皇に譲って崩じ給うた。新帝はその時わずか二歳であらせられたから、今までの院の天皇との対立は自然消滅の形で、上皇は存分に院政を行うことができた。(佐藤春夫『極楽から来た』)670 老いてなほ霧氷…

木魚歳時記第3996話

第十五章 おごる平家(一)清盛は平治の乱の翌年、すなわち永暦元年に正四位下から従三位に上り参議に任でられたが、その翌応保(おうほう)元年、権中納言に転じ、長寛元年には重盛も従三位に叙せられ、武家が年久しく渇望した公卿の列へ父子共につらなった…

木魚歳時記第3995話

と『古今著聞集』(こきんちょもんしゅう)巻八「好色」に伝えている。法皇ご在位の時とならば小侍従は娘時代、話にもうぶな面影は見えるし、小侍従は天皇にお初穂をささげたのでもあろうか。まことに花々しいデヴューである。(佐藤春夫『極楽から来た』)6…

木魚歳時記第3994話

「仰せとあらば是非もございませぬ。では申し上げあますが、君のまだみ位に居られた某の年、某の月、なにがしかの朝臣をお使いにお迎えいただいたのをお忘れ遊ばされましたか、よもやそとは仰せられますまい」 どっとあがる笑声に法皇はいそぎ退席あらせた。…

木魚歳時記第3993話

「なるほど、それはさぞや」など法皇はじめ人々も同感し、「それにしてもそのおなつかしいお方とはどなたか、名前を明かしなさい」「いや、そればかりはお許しを」「成らぬ。懺悔の趣旨に違うでないか」(佐藤春夫『極楽から来た』)666 フロントに昼まで残…

木魚歳時記第3992話

帰っても落ち着いて眠り直すなどの気もなく、あかぬ別れの夢心地に夜べのえならぬゆかしい匂いなつかしく、それを形見にうち伏しつづけておりました。前夜は着物を互いにかえて着ておりましたのを、朝になってお取りけのお使いがあり、移り香の形見さえ持っ…

木魚歳時記第3991話

長き夜とても限りはございますから、鐘の音も遠くひびき出で、鳥のねさえ近くかまびすしくなって、睦言をまだのこしながら、朝の霜より消え入りたい心地でおりますところえ帰りの車をいただき、気もそぞろに魂も身も添わぬうわのそらで帰ってまいりました。…

木魚歳時記第3990話

車が着いて車寄せに停まると、み簾(す)のなかからえもいわれぬいい匂いのなつかしいお方が出て来られ、すだれをあげて車から降ろして下さるのもったいない。立ったまま着物の上からひしと抱きしめて、どうしていたか、待ちどおしかったと仰せられたが、お…

木魚歳時記第3989話

注記:バックナンバーの関係で『極楽から来た』の掲載を1回分「お休み」いたします。 我はこれ 烏帽子もきざる 男なり (法然上人) 「烏帽子(えぼし)も着ざる男」とは。法然上人は、43歳のとき、叡山(天台)での、地位・名誉・名声など一切を捨て叡山…