と仰せられ、おん目に涙さえ浮かべられたのには、使いの者は身のとがあるかのように、やる瀬なく切なかったと語ったと伝えられ後白河院と二条天皇、ご父子のおん不和を如実に示す一例である。これほどに切迫した中にあって、過不足なく中立を守った清盛の手…
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