2019-10-15から1日間の記事一覧

木魚歳時記第4000話

上皇のためには永年御宿願の千手観音千一体の仏堂、俗に三十三間堂といいなしている蓮華王院を造営して寄進するなどの一方、皇居の近くに宿直室を設けて朝夕、天皇に伺候し奉る有様で、これには彼もひと方ならぬ苦心をしている様子であった。(佐藤春夫『極…

木魚歳時記第3999話

清盛は甚だ世故に長けた要領のいい人物で、後白河上皇の院と二条天皇の朝廷との甚だしい敵対の中間にあって、その双方が一躍有事の日のために、清盛を味方に引き入れようと必死の努力をするなかにあって、あくまでも厳正中立的に双方にへ当分の好意を見せて…

木魚歳時記第3998話

上皇もまたしきりに清盛の官位を昇らせてその年に権大納言に任じ、翌仁安元年、内大臣に進め、その翌年は左右大臣を越えて一躍太政大臣に任じられた。平治の乱後ここに至るまでのわずか八年であった。 清盛のこの驚異的な官位の躍進は、彼の武功のほかに、宮…

木魚歳時記第3997話

永万(えいまん)元年七月、二条天皇は位を皇子六条天皇に譲って崩じ給うた。新帝はその時わずか二歳であらせられたから、今までの院の天皇との対立は自然消滅の形で、上皇は存分に院政を行うことができた。(佐藤春夫『極楽から来た』)670 老いてなほ霧氷…

木魚歳時記第3996話

第十五章 おごる平家(一)清盛は平治の乱の翌年、すなわち永暦元年に正四位下から従三位に上り参議に任でられたが、その翌応保(おうほう)元年、権中納言に転じ、長寛元年には重盛も従三位に叙せられ、武家が年久しく渇望した公卿の列へ父子共につらなった…

木魚歳時記第3995話

と『古今著聞集』(こきんちょもんしゅう)巻八「好色」に伝えている。法皇ご在位の時とならば小侍従は娘時代、話にもうぶな面影は見えるし、小侍従は天皇にお初穂をささげたのでもあろうか。まことに花々しいデヴューである。(佐藤春夫『極楽から来た』)6…

木魚歳時記第3994話

「仰せとあらば是非もございませぬ。では申し上げあますが、君のまだみ位に居られた某の年、某の月、なにがしかの朝臣をお使いにお迎えいただいたのをお忘れ遊ばされましたか、よもやそとは仰せられますまい」 どっとあがる笑声に法皇はいそぎ退席あらせた。…

木魚歳時記第3993話

「なるほど、それはさぞや」など法皇はじめ人々も同感し、「それにしてもそのおなつかしいお方とはどなたか、名前を明かしなさい」「いや、そればかりはお許しを」「成らぬ。懺悔の趣旨に違うでないか」(佐藤春夫『極楽から来た』)666 フロントに昼まで残…

木魚歳時記第3992話

帰っても落ち着いて眠り直すなどの気もなく、あかぬ別れの夢心地に夜べのえならぬゆかしい匂いなつかしく、それを形見にうち伏しつづけておりました。前夜は着物を互いにかえて着ておりましたのを、朝になってお取りけのお使いがあり、移り香の形見さえ持っ…

木魚歳時記第3991話

長き夜とても限りはございますから、鐘の音も遠くひびき出で、鳥のねさえ近くかまびすしくなって、睦言をまだのこしながら、朝の霜より消え入りたい心地でおりますところえ帰りの車をいただき、気もそぞろに魂も身も添わぬうわのそらで帰ってまいりました。…

木魚歳時記第3990話

車が着いて車寄せに停まると、み簾(す)のなかからえもいわれぬいい匂いのなつかしいお方が出て来られ、すだれをあげて車から降ろして下さるのもったいない。立ったまま着物の上からひしと抱きしめて、どうしていたか、待ちどおしかったと仰せられたが、お…

木魚歳時記第3989話

注記:バックナンバーの関係で『極楽から来た』の掲載を1回分「お休み」いたします。 我はこれ 烏帽子もきざる 男なり (法然上人) 「烏帽子(えぼし)も着ざる男」とは。法然上人は、43歳のとき、叡山(天台)での、地位・名誉・名声など一切を捨て叡山…

木魚歳時記第3988話

「古い昔でございますが、さる方さまからお迎えをいただいたことがございました。今までにないほど気の張る思いで、そわそわしておりますと、月も出で参り、風さえ肌寒く、夜もだいぶん更けました。ただわくわくと気をもんでおりますと、車の音が遠くとどろ…

木魚歳時記第3987話

「はい、たくさんに。なかでも生涯忘れられない。妄執になりそうなことを、御前でご披露申し上げたらさぞさっぱり罪も軽くなりそうに思いますので」 と前置きして、(佐藤春夫『極楽から来た』)661 寒さうにただ寒さうに大根畑 「ボクの細道]好きな俳句(1…

木魚歳時記第3986話

「はい、たくさんに。なかでも生涯忘れられない。妄執になりそうなことを、御前でご披露申し上げたらさぞさっぱり罪も軽くなりそうに思いますので」 と前置きして、(佐藤春夫『極楽から来た』)661 寒さうにただ寒さうに大根畑 「ボクの細道]好きな俳句(1…

木魚歳時記第3985話

と、最初に院が少年の日懿子(いし)を死なせたことなどをしめやかに仰せられ、小侍従の番になって人々が、「さあ、ここらにはすばらしいタネがありそうなののですな」といいかけると、小侍従はニコリと笑い。(佐藤春夫『極楽から来た』)660 雪の中荒くな…

木魚歳時記第3984話

(五)後白河院の御所は、今日いつになく閑散であった。近習の公二、三人と女房も幾人かいて、心のどかに雑談をしていた折のこと、院が仰せ出された。「みなそれぞれに身にしめて忘れがたない秘密が何かありそうなものである。懺悔(さんげ)になることでも…

木魚歳時記第3983話

石清水の椿坊を出て、涼しい朝風に吹かれながら、梢に消え星かげを見入って昨夜の有様に苦笑を浮かべていた隆信は、どうもあの猪首のうしろ姿や踏みとどろかして帰った足音など頼政らしかったと考え、「小侍従もいいが」と心中にささやいた。「頼政との共有…

木魚歳時記第3982話

この応酬(おうしゅう)歌のかえしは女とばかりで名は記されていないが、とっさの間に隆信を隠した落ち着きぶり、また口とく「その鹿よりこちらこそよっぽど」と口とくけして、その時の胸のときめきをそのままに感じさせるような歌いざまなど、この女という…

木魚歳時記 第3981話

狩人のゐる野に立てる鹿だにも のがるる道はありとこそ聞け 隆信 かえし(返歌) のがるべき方なき野べの鹿よりも我こそいたくおもひ消えぬれ 女(佐藤春夫『極楽から来た』)656 黙の夜しばらくしたら雪となる 黙(もだ) 「ボクの細道]好きな俳句(1729)…

木魚歳時記 第3980話

隆信はまたすぐれた歌人でもあったが、その歌集のなかにおもしろい一節がある。 女のところに行ったところが、別に男のあった人で、その男と来合わせてしまった。いやはやとんだことで、物かげへ押し込まれてしまい、身をちぢめて息をころしているうちに、男…

木魚歳時記 第3979話

片や隆信、片や小侍従ともいうべき当代の恋の両大関だけに、どちらがどちらに働きかけたなど問うまでもない。電気の両極のようにおのずから相引いて火花を発するものがあったのであろうとだけは想像して、無用な詮議立てはしないで置くとしよう。(佐藤春夫…

木魚歳時記 第3978話

宜秋門院(ぎしゅうもんいん)丹後や平資盛(すけもり・重信の次男)の愛人として操正しく生きたといえあれる建礼門院右京太夫さえ隆信にははなびいたといわれ、当代の色摩、恋の美食家と評判の高い隆信なのであった。(佐藤春夫『極楽から来た』)653 奈落…

木魚歳時記 第3977話

業平の愛人として世に知られた高子の出た長良の家の末といわれるだけに血すじは争われ隆信の美しさは当時の貴人たちにも比類なく、そのうえ、神童とも天才ともうたわれた画名もあり、生い立ちの不幸までが婦人たちの心を動かして、彼にいい寄る女子が少なく…

木魚歳時記 第3976話

薩摩守忠度との艶名が果たして事実であったかどうかは知らない。しかし忠度ほど若くはなかったが、少年時代から美福門院の目にとまっただけに、高雅優美という点にかけては忠度以上であった隆信と小従寺との関係はかくれもない事実であった。(佐藤春夫『極…

木魚歳時記 第3975話

天には私心なく、たとい文名や武名がいかに高かろうとも、卑俗な人間に対してはやはり卑俗な風貌だけしか与えなかった。顔は人品の正直な看板である。それ故、このむくつけき老人の情婦たる小侍従は、時には忠度のような気品のある少年を口なおしとして味わ…

木魚歳時記 第3974話

(四)源氏の嫡流として老いた頼政には、さすがに堂々たる貫禄はあった、しかし決して高雅優美な男ぶりとはいえなかったろう。(佐藤春夫『極楽から来た』)649 老僧は密かに田亀飼っていた 「ボクの細道]好きな俳句(1722) 与謝蕪村さん。「河豚汁のわれ…

木魚歳時記 第3973話

ところが『建礼門院右京太夫集』には小侍従が平家の公達と桜狩りをしてのち右京太夫に寄せた一首が出ているが、その時の桜狩りの人々なかにはたしかに忠度も加わっていたた。浮名は必ずしも事実でなかったともいいきれまい。(佐藤春夫『極楽から来た』)648…

木魚歳時記 第3972話

よそにこそ撫養(むや)蛤踏み見しか逢ふと海人(あま)のぬれ衣と知れ ととぼけて浮名を否定している。むやの蛤(撫ぜ養う蛤)とはきわどいあぶな絵的のしゃれを歌ったものである。いかにも小侍従らしい。(佐藤春夫『極楽から来た』)647 草庵のくぼみに白…

木魚歳時記 第3971話

相手の若さと、今を時めく平家の公子であったのが、頼政の嫉妬の原因であった。いや、頼政にとってはただの嫉妬ではない。明らかにゆすまじき敵意であった。それでも言葉だけはせいぜいおだやかにみやびて、 時めかせ給ふらんこそめでたく と年がいもなくい…