よき兄上を犠牲にし奉って登った帝位ではあったが、もともと位にはあまりご執着もなかった後白河天皇は、むしろ四の宮時代の自由を愛して庶民の間で今様でも歌い暮らすご身分を望んでおられたので、信西のご進言までもなく、すぐにご退位あらせた。 皇太子守…
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