木魚歳時記第4850話

 奉行使が罪科を宣して帰り、人々も散じての後、法然はただひとり残った綽空に云った。「怠りなく念仏せよ。念仏せぬ人は、たとえ膝を交え肩を組むとも法然には疎しと思え。念仏せん人は源空に親し。源空も南無阿弥陀仏と称え奉るが故ぞ。同法最も親しいと思いなせ。行って辺土の衆生に法を知らせよ。源空もその志ぞ。これぞ源空の別れの言葉、ただ阿弥陀仏ほとけの誓いを喜べ。のう。綽空」
 法然には出で立のの見送りをも許されず、承元(しょうげん)元年二月十八日、師弟は南北に分かれて流され、綽空は、相愛の幼な妻、玉日を残して都門から追い立てられた。(佐藤春夫『極楽から来た』)

     死はときに媚薬のごとし蒙古風  媚薬(びやく) 

 「蒙古風」(もうこかぜ)は春季となります。大陸から来る黄砂のことです。「線状降水帯」の用語があります! これも海水の温暖化に伴う異常気象なのです! 梅雨が明けませんが、豪雨被害の治まりますことを!