木魚歳時記第4157話

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「おばあさんお幾つにおなりですか」
「さ、わたしおととし本卦還(おんけがえ)りでしたろうか」
(佐藤春夫『極楽から来た』)820 

        熊蜂の尻のあたりに花粉症

 「ボクの細道]好きな俳句(1903)  鈴木六林男さん。「月の出や死んだ者らと死者を待つ」(六林男) おそらく戦争体験の作品でしょうか? このところ、ボクのご紹介する俳句作品は、ボクが触発される(刺激的)作品か、さもなければわかりやすくて楽しい作品(口語調の自然詠)の両極端に分かる傾向があります。ひいては、引用の作者・作品に重複も生じますが、ご寛容ください。

  けさのぶつ、わしのこころに、ひびきわらうぞ。
  わしのこころが、ぶつによばれて、ぶつをきく。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

 

木魚歳時記第4156話

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 「わたしはほかに行きどころがありません。お釈迦さまのおかげで、ここに飼い殺していただいておりますよ。時にあなたさまはどなたでございましたろうか。年を取りました、とんともう半ばぼけに、何もかも忘れておりましたすみません」
(佐藤春夫『極楽から来た』)820

        亀鳴くや山城国賀茂神社

 「ボクの細道]好きな俳句(1902) 野見山朱鳥さん。「とぎ水の師走の垣根行きにけり」(朱鳥) 「とぎ水」とは、「研水」つまり、お米を研(と)いだ水のことです。昔、農家では下水道が完備していませんから、研ぎ水は垣根のそばを流れる溝に流す仕組みであったようです。さて、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は、俗称、下鴨神社ともいいます。山城国(やましろのくに)つまり、京都の一宮(いちのみや)となります。一宮を流れる小川で、鳴かないはず(亀に音を出す器官はない)の亀を鳴かせてみたいという願望です!

  ごをんき(御遠忌)は、ありがたいな。
  あなたのじひの、よろこばれるわ、
  わしに、あなたが、をもいをかけて、
  わしが、あなたの、じひをよろこぶ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

木魚歳時記第4155話

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 「おばさん、やっぱりここにいたんですね」
 と話かけると、相手はけげんな顔をしながらも、
(佐藤春夫『極楽から来た』)819

      まんさくやはじめはグーよじゃんけんぽん

 「ボクの細道]好きな俳句(1901) 野見山朱鳥さん。「秋風や書かねば言葉消えやすし」(朱鳥) 秋とは、そういったものでしょうか? ボクなど、秋でなくとも、年中、お薬は飲んだか? カギ(鍵)閉めたか? それくらいならいいのですが、今、暑いのか寒いのか? それもはっきりしないことがあります(汗)。痴呆症予備軍なら、どういたしましょう!

  ごをんき(御遠忌)は、こころうきうき、
  み(身)もうきうきよ、
  ごをんうれしや、なむあみだぶつ、
  なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4154話

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 むかし見て、母を思い出させて老女、今もなおいて、むかしと同じようにお茶をすすめてくれたが、白髪あたまでめっきり年を取りやつれてしまい、もし母が生きていても、こうまでは老いこんでいないだろうが、と思われるようにまでなっていた。そうでも法然には何やらなつかしく、
(佐藤春夫『極楽から来た』)818

       本堂に五色の幡や御身拭  幡(はた)

 「ボクの細道]好きな俳句(1900) 野見山朱鳥さん。「一枚の落葉となりて昏睡す」(朱鳥) なるほど、そのまま「永き眠り」ともなれば大往生です(汗)。さて、高齢者二人が暮らしていると、会話が意思疎通しない? お互が「わかっている」と、会話に省略が多いからです。そこで、①伝えたい全体像をまず伝える。②次に、要件・個別の要点をピン・ポイントで伝える。つまり、カメラ・ワークの「広角」と「ズーム」の併用です。あっ、そういえば、この『木魚歳時記』は、読者に意思疎通されているか? 難しすぎるのでは? 汗・汗・汗

  ごをんき(御遠忌)は、なむあみだぶに、さいとをゑ(い)れて、
  ごをんうれしや、なむあみだぶつ、
  なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4153話

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 (二)お盆が過ぎて、すぐに、法然は嵯峨に行き清涼寺(せいりょうじ)の釈迦堂に詣でて、二十年前、そこで見たおばあさんが今もまだいるであろうか、宿坊に立ち寄ってみた。
(佐藤春夫『極楽から来た』)817

         茎立や小西昭夫といふ俳人   

 「ボクの細道]好きな俳句(1899) 野見山朱鳥さん。「父と子は母と子よりも冴え返る」(朱鳥) どこの家庭でも大同小異、変らない? お腹を痛めて産み落とした母子と、スキを見つけて、母子家庭から「煤逃げ」していた父子とでは、その違い(冴返る)があって当然です。さて、ボクも、師僧(おやじ)とじっくり話をした記憶は残っていません。「そやからおまえはあかん」。こんな親父の「お説教は」は、耳が痛くなるほど聞かされましたが・・

  ごをんき(御遠忌)は、ごをんよろこぶ、
  をやのごおんを。
  ごをんうれしや、なむあみだぶつ、
  なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4152話

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 「そなたの好きな従妹も近くにいるか」
「もとは居りました。何しろ二十年前の話、今はどこに居りますやら」
法然は若い日に見た少女の面影が浮かぶ・・今は白髪の媼(おうな)と知りながら、
「行けばそれも聞いてみましょう」
(佐藤春夫『極楽から来た』)816

       先生と児童五人の卒業式

 「ボクの細道]好きな俳句(1898) 野見山朱鳥さん。「初雪は隠岐に残れる悲歌に降る」(朱鳥) さて、夏井いつきさんの句作のコツを紹介します。それは、①自分のエピソード(「たのしいな」)で十二音を構成する。②「たのしいな」を季語に置き換える。小学3年生レベルの句作方法だそうです。なるほど。ボクも洗脳されてトライしています。つまり、小三クラスの句作に励んでいます(笑)。

  さいちや、なむあみだぶに、こころとられて、
  ごをんよろこぶ、ごをんき(御遠忌)を。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4151話

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 「まだしかとは決めて居りませんが、いささか知るべきもあり、行って相談してみて、西山のほとりをどこか捜してみましょう」
「嵯峨野の秋は聞くからにたのしいの」
「それに時々釈迦堂へお参りもできます」
(佐藤春夫『極楽から来た』)815

       さへづりの遠い神話をきくやうに

 「ボクの細道]好きな俳句(1897) 野見山朱鳥さん。「双頭の蛇の如くに生き悩み」(朱鳥) 「双頭の蛇」の仏教説話があります。頭が二つある蛇がおりました。この蛇が樹上で移動する時、一方の頭が右へといいだし、他方の頭が左だとゆずらず、結局、その蛇は地上に落下しました。さて、句作者の悩みも尽きないようです。

    いくたびも(幾度も)、むねをいためた。
       いまわ、ろくじに、こころとられて。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)