一度法然に会って以来、上皇は法然を仙洞に召して経文を講じさせたり、後にはおん愛子たる高倉天皇の御戒師を命じたりもなされたものである。
わが身が解脱の道ををさえ見い出せない法然にとっては上皇の知遇も重荷であった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)771
凍鶴をまた見に来たらもういない
「ボクの細道]好きな俳句(1851) 今井千鶴子さん。「転びても花びらのごと七五三」(千鶴子) 状況が目に浮かびます。ところで、「七五三」の行事にかぎらず、ボクは、子どもたちを、行事、イベント、行楽地などへ連れていった記憶がありません(汗)。マイホームパパとは逆でした。いま、懺悔(さんげ)しています。嗚呼。
ほとけから、わしがみ(身)を、
ほとけにすると、たのしまれ、
わたしや、ほとけを、たのしむばかり、
なむあみだぶを。
『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)