木魚歳時記 第55話

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屋上を 蒼いっぱいに 十三夜

 「気持ちよさそうな日がつづいています。こんなときは、ひなたぼっこをしながら<おさつ>など頬ばると幸せになります。真之介さまも<おさつ>を召し上がりますか?」。と、小雪さんからの手紙です。真之介は<いも>を食いません。それは、イモを食うと<膨満漢>が下ってきて<穴る>がビュエンクシヨンするから。と、返事をしました。

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 やや寒の季節になれば、そろそろ鱈鍋が恋しい。なぜかって?それは、鱈(たら)という字は、雪(小雪)に添う魚(木魚)と書くでしょう。ところで、「欲望」には、まず本能的なものとして<食欲>があります。これは、生存(固体の維持)するために必要です。しかし、人間は、これを発展させて、いろいろ<わがまま>をします。つまり「あれが食いたい」、とか「これは嫌だ」とか、また「食い荒らす」などします。つまり、生存に必要な「食物連鎖」だけでは満足しません。それから「生きるために<いのち>を奪うこと」の大問題も残りますが、これは別の機会に考えることにしましょう。
 仏教では「貪欲」(とんよく)、すなわち「むさぼり」を戒め、「少欲知足」(必要最低限の欲望)であることを説きます。