赤とんぼ
夕焼、小焼の 赤とんぼ 負われて 見たのは いつの日か
三木露風作詞。露風が北海道のトラピスト修道院の講師であったときの作詞といわれています。「負われてみた」を「追われてみた」と思い込むのは論外のことでしょう。母や、姉の背に「負われて見た」のであります。さて「俳句は、書かれてあるとおりに考え、それ以外に何のイメージもわかないとしたら、それは俳句とはいえません。俳句の面白さは書かれていないことの大きさ、そのことの中で、作者も読者も心を遊ばせることができるところにあります」。とありました。