木魚歳時記 第217話

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結末は これからのこと 花いばら

 「仏」(ほとけ)とはブッダ(覚者)のことです。この世の真理に目覚めた者(人間)のことです。ですから、ブッダ(覚者)は何人あってもかまいません。まず、①「諸行無常」(しょぎょむじょう)。②「諸法無我」(しょほうむが)の真理に目覚められた人間釈迦(しゃか)をもってブッダ(覚者)の誕生といたしましょう。

 釈迦滅後、釈迦の教え(仏教)が広まるにつれ、人間釈迦の足跡は「釈迦成道物語」「釈迦伝道物語」として「神格化」されてゆきます。神格化とは「神仏」(しんぶつ)としてあがめられ祭られることであります。これが「仏」(ほとけ)、つまり「釈迦牟尼仏」(しゃかむにぶつ)の誕生であります。

 このようにして、やがて釈迦の教え(仏教)の中に、大日仏とか、薬師仏とか、阿弥陀仏のように、多くの「仏」(ほとけ)たちが説かれるようになります。いわゆる「過去仏」(かこぶつ)と称される「仏」(ほとけ)たちの誕生です。この過去仏と釈迦牟尼仏との関係は少しわかりにくいようですが、ともかく、釈迦の教え(仏教)の中に、①「過去仏」(多くの仏たち)→②「釈迦牟尼仏」→③「弥勒仏」(釈迦の次に現れる仏)の時系列があるのは事実です。

    「夏めきて どこもうごかぬ 大樹かな」