木魚歳時記 第216話

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麗かや 姥があも売る 草津宿

 「菩薩」(ぼさつ)とは。我が一人の悟りのために、この世の真実を求めるのでなく、世のため人のために真実を求め、それに基いて、平和社会(浄仏国土)の建設をめざす修行者を指します。

 打算とまではいわなくとも、この世において欲望を満たそうとすれば、それ相応の代価(お金)が必用です。これがこの世のルールでありますす。しかし、この「ギブ・アンド・テイク」のルールにとらわれることなく、むしろ「見返りを期待しない行為」、すなわち、ボランティア(奉仕)の実践をめざすのが菩薩の行為であります。この修行者(菩薩)がめざす行為のことを「菩薩道」(ぼさつどう)というのです。

 「世の中のすべてのものが幸せとなるにはどうすればよいか。」その原理(真実)を悟り、その原理(真実)に基いて平和社会の建設に踏みだしてこそ、はじめて、修行者(菩薩)は「仏」(ほとけ)となり給うのです。

   「鳥の巣は 座敷童子の せめぎあひ」