蝸牛(かたつむり)の角(つの)目立つ
昔、中国の両雄とされた、触(しょく)氏と蛮(ばん)氏の無益な争いのために数万の死者が出ました。以来、両雄を蝸牛(かたつむり)の左右の角(つの)に例えて生まれたのがこのことわざです。転じて、どちらに転んでもいいような小さな出来事にとらわれて、つまらない争いをくりかえし、大局となる重用なことを見失うことを戒めたことわざとして用いられます。さて「俳句は才能を争うものでないだけに救いである」。とありました。
蝸牛(かたつむり)の角(つの)目立つ
昔、中国の両雄とされた、触(しょく)氏と蛮(ばん)氏の無益な争いのために数万の死者が出ました。以来、両雄を蝸牛(かたつむり)の左右の角(つの)に例えて生まれたのがこのことわざです。転じて、どちらに転んでもいいような小さな出来事にとらわれて、つまらない争いをくりかえし、大局となる重用なことを見失うことを戒めたことわざとして用いられます。さて「俳句は才能を争うものでないだけに救いである」。とありました。