木魚歳時記 第220話

f:id:mokugyo-sin:20131219114536j:plain

走りつゆ 壁に青める 解剖図

 勢至菩薩(せいしぼさつ)は、観音菩薩(かんのんぼさつ)に比べるとさほど親しまれてはいません。しかし「知恵」をもって衆生の苦しみを救済する菩薩として説かれます。また『観無量壽経』というお経の中には、阿弥陀仏(あみだぶつ)の左方に観音(かんのん)、右方に勢至(勢至)を配し、これをもって「阿弥陀三尊」(あみださんぞん)と称されています。ただし密教系においてはこれが左右反対となるようです。

 さて、極楽世界が「阿弥陀仏」(あみだぶつ)と「観音菩薩」(かんのんぼさつ)と、「勢至菩薩」(せいしぼさつ)の三尊でもって構成されるのはなにを意味するのでしょうか。これは(大自然の表徴である)「アミダ仏」と、(現実社会の慈悲の表徴である)「観音菩薩」と、(現実社会の知恵の表徴である)「勢至菩薩」の三尊が一体となって機能してこそ、現実社会を「幸せ社会」に作り替えることが可能となる…と、ぼくは考えています。


     「白玉の つるりつるりと 昼さがり」