木魚歳時記第4837話

  偶然にも、慈円の門に育った彼は、その修敏な資質のため時代の歩みに従って裏切り者にならざるを得ない運命なのである。
 空(くう)、仏教の無我のの思想に立つブッダ(釈尊)の大乗仏教の見地から実践生活の戒律を考えれば、どうしても円頓大戒のに行きつくほかは無く、女犯や国家観念の如きすらも時代とともに昇華変遷するに何の不思議もない。要はそこに生命が燃えつづけているか、否かにだけかかる。
(佐藤春夫『極楽から来た』)

         マジソンの橋にたちまち火蛾の舞 

 「火蛾の舞」は夏季となります。相変わらず句材に枯渇(こかつ)しています(汗)。苦しみ紛(まぎ)れに、ぼくが、お昼寝のときに夢で見たウォラー作『マジソン郡の橋』という大恋愛小説のことを思い出して一句に仕立てました。けど、こんな妄想俳句は、いい加減にして止めなければ(笑)。