木魚歳時記 第530話

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 「どうした因果か・・」と用いられます。これも前項とおなじく、仏教のことばと考えられていますが、実は、古いインドの一般的な考え方です。

 「結果Bとなるには、原因となるAがあった」。これが時間的に、過去・現在・未来と、繰り返えされる・・これが「因果」(いんが)の考え方です。それが「親の因果が子に報い」のように宿命論として説かれたなら、庶民は恐れ慄いたことでしょう。餓鬼(がき)、畜生(ちくしょう)など六道を輪廻する考えも、インドにおいて仏教以前からあったものです。仏教は、これと似て非なる教え「縁起」(えんぎ)を説きました。縁起とは「ものごとは縁(よ)りて起こる」。すなわち「いまある結果は、あらゆる縁(条件)に基いて起こっている」という空間的な考え方です。この縁起(共存)の教えは、当時のインドにおいて画期的なものでした。

    またひとり数のそろはぬ冬構