木魚歳時記第4078話

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(五)法然は山上に在って、師範叡空のほかに天台密教の師相模(そうばく)アジャリ重宴や、後に大原問答の発起者になった顕真、その弟子で源平の戦いも知らなかったという珍しい学僧証真、さては右大弁藤原行隆の子で同じく叡空門下の後輩で、後年は法然のよき弟子となった信空など、道を語る師友には事欠かなかった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)745

       性急はS氏の業や年の暮  業(ごう)

「ボクの細道]好きな俳句(1825) 稲畑汀子さん。「年賀状だけのえにしもいつか切れ」(汀子) このようなことは、我が身の周辺にも多くなりました。兎にも角にも「性急」に過ぎた365日でした(汗)。まあ、そんな齢(よはい)となりました。ですから、これからは、万事、ぼつぼつと「成るようにしかならない!」と、あるがままの余日となるように過ごしたい。 

  わしのこころを、あなたにあけ(げ)て、
  あなたのこころを、わしがもろをて。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)