木魚歳時記 第1005話

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わたしゃ臨終すんで、
葬式すんで、
浄土に心すませてもろて、
南無阿弥陀仏と
浮世におるよ。  (浅原才一)

 念仏に生き、念仏に死んでいった才一さんにとっては、もはや、この世あの世の生と死の境界はありません。こんな生き方を「法爾自然」(ほうにじねん)つまり<ありがまま>の暮らしというのでしょう。ナムアミダブツ、つまり念仏(ねんぶつ)による<ありがまま>に暮らすことを説かれたのが、庶民仏教の祖と呼ばれる法然上人(ほうねんしょうにん)であります。法然上人はこの「法爾自然」(ほうにじねん)から「法」と「然」を取って「法然」と号され浄土宗を開かれました。

     神苑はなんじやもんじゃの花盛り