しかし山門から挙がった火の手は慈円の手心もあってさして猛烈なものではなかった。しかし慈円には別に裏工作があった。彼はその親友澄憲の子の笠置にいる貞慶が南都に属していたのを、父とともに操って、南都をして北嶺以上に猛烈な念仏宗攻撃の火の手を挙…
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