二十五日、神鏡と玉璽(ぎょくじ)とは早くも鳥羽に着し直ちに太政官庁に入る。翌二十六日、宗盛以下の俘囚、鳥羽に着き、その日都大路を渡された。二の宮は院よりのお迎えがあり、建礼門院は吉田のほとり奈良法師の坊に入られ、五月一日、長楽寺の阿性房(…
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