その翌年の六月二十一日には、三月熊野詣でから帰って以来、永年の胃病がどっと悪くなって枕の上がらなくなった重盛を小松原に見舞い、慶弔ともに隔意なく見えたが、これも単に儀礼でご内心は別であったらしい。鬼界ヶ島の流人たちも建礼門院のお産で大部分…
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