木魚歳時記 第3092話

f:id:mokugyo-sin:20170611043842j:plain

 「今日のことば」
    風がどうと吹いてきて、
    草はざわざわ、
    木の葉はかさかさ、
    水はごとんごとんと
    鳴りました。

           (宮沢賢治「注文の多い料理店」)1

 「ボクの細道]好きな俳句(843) 藤田湘子さん。「逢ひにゆく八十八夜の雨の坂」(湘子) まず「逢ひにゆく」と切り出すことで、読者の興味を引きつけます。そして、「雨の坂」という抒情的な場面で、読者の想像力を掻き立てます。結びは「八十八夜」と、やや、想像外の納めとなりましたが、しかし、俳句という文芸の「何か!」を知りつくした手練れた作者ならではの作品です。

        青蜥蜴そろりしやなりと雲母坂

木魚歳時記 第3091話

f:id:mokugyo-sin:20170610052443j:plain

 「今日のことば」
    庭のなか(6)
    林檎の木(向かい側の梨の木に)一お前さんの梨さ、
    その梨、その梨・・お前さんのその梨だよ。
    あたしがこさえたいのは。
    (ルナール『博物誌』)

 「ボクの細道]好きな俳句(843) 井上菜摘子さん。「ゆふやけの端をめくれば磨崖仏」(句集『さくらがい』) 「端をめくれば」の語彙(ごい)に尽きます。菜摘子作品の凄いのは、卓越したセンス(感性)により掬い上げられた独自の語彙と、それを17文字に紡ぎ上げる行程に寸分の狂い(ブレ)のないことです。読者は、圧倒的に迫る「写楽画」を眺めるように、菜摘子作品の完成度に酔い痴れます。さて、秋・冬・春・夏季の順に、菜摘子さんの俳句をご紹介して来ました。句集『さくらがい』には、他にも秀句が満載です。また、折に触れご紹介できればと考えています。

        ほうたるをつかみそこねし木偶坊  

                      木偶坊(でくのぼう)

 

木魚歳時記 第3090話

f:id:mokugyo-sin:20170609034230j:plain

 「今日のことば」
    庭のなか(5)
    アスパラガス一あたしの小指に訊(き)けば、
    なんでもわかるわ。
    (ルナール『博物誌』)

 「ボクの細道]好きな俳句(843) 井上菜摘子さん。「蜘蛛の囲のうらがはにゐて聞き洩らす」(句集『さくらがい』) 蜘蛛は、蜘蛛の巣の尖端(たいていは葉陰)に潜んで、獲物が掛かると、「囲」の振動を感知して仕留めに繰り出します。それからの騒動(怒号・うめきetc )は、聞き洩らしたというのです。「聞き洩らす」と、核心(騒動の結末)を、はぐらかせて読者の興味をそそるところが秀逸なのです。これは人間社会にもありそうな出来事(比喩)とも受け取れます。

        花芯よりこぼれ落ちたる花潜  

                    花潜(はんむぐり)

 

木魚歳時記 第3089話

f:id:mokugyo-sin:20170608064406j:plain

 「今日のことば」
    庭のなか(4)
    分葱(わけぎ)一くせえなあ!
    大蒜(にんにく)一きっと、また石竹(せきちく)のやつだ。
    (ルナール『博物誌』)

 「ボクの細道]好きな俳句(843) 井上菜摘子さん。「花栗が四方になだれ逃げだせぬ」(句集『さくらがい』) 栗の花の咲き乱れるさまも、その散るさまも、それを見るととてもそこからは逃げ出せそうにない。それくらいに凄まじい。! と、そのように読みました。ところで、栗の花には一種独特の匂いがあるそうです。(俗説?)。もし、そのことを意識して、飛躍させて読むならば ― ふふふ。だからこそ俳句は面白い(汗)。まあ「逃げだせぬ」が作者ご自身であることだけは確かです。

        花栗の盛る小径やつんときた 

                     小径(こみち)

 

木魚歳時記 第3088話

f:id:mokugyo-sin:20170607040517j:plain

 「今日のことば」
    庭のなか(3)
    薔薇一まあ、なんてひどい風・・!
    添え木一わしが付いている。
    (ルナール『博物誌』)

 「ボクの細道]好きな俳句(843) 井上菜摘子さん。「桃の種飛ばしこれから起ること」(句集『さくらがい』) この作者は、時折、読者に面白い仕掛けをされる? つまり、読者は、「桃の種を飛ばされたのは読者自身である。」と、早トチリをしてしまい、すっかり舞い上がる。ボクのような誇大妄想狂には、これがまた堪らなく楽しいのですが。それはともかく、この作者は、知性的なように見えて、実は、やさしくて、おおらかな方なのでしょう(そう思います)。

        風狂の風に嬲られ芥子の花 

                嬲(なぶる)  芥子(けし)

木魚歳時記 第3087話

f:id:mokugyo-sin:20170606055301j:plain

 「今日のことば」
    庭のなか(2)
    木苺一なぜ薔薇には棘(とげ)があるんだろう。
    薔薇の花なんて、食べられやしないわ。
    生簀(いけす)の鯉―うまこという。だから、俺も、
    人が食やがったら骨を立ててやるんだ。
    薊(あざみ)一そうねえ、だけど、それじゃもう遅すぎるわ。
    (ルナール『博物誌』)

 「ボクの細道]好きな俳句(843) 井上菜摘子さん。「夏の蝶風の森まで行くといふ」(句集『さくらがい』) 語彙の選択と配分について。作者は、研ぎ澄まされた感性の持ち主です。そして完成度の高い作品に紡ぎ上げる手腕はこの作者の独壇場となります。さらに、メルヘンティックな作品(掲句)思考も自由自在です。春季の「白地図やまず蝶の径付けてやる」(菜摘子)も、やはり、優しさのにじむ作品でした。この作者は、余計な「ことば」を除去することに完璧です。

        白い蛾のマジソン郡の橋で待つ

 

木魚歳時記 第3086話

f:id:mokugyo-sin:20170605054042j:plain

 「今日のことば」
    庭のなか(1)
    薔薇の花一あんた、あたしを綺麗(きれい)だと思って・・?
    黄蜂(くまばち)一下の方を見せなくっちゃ・・。
    薔薇の花一おはいりよ。
    (ルナール『博物誌』)

 「ボクの細道]好きな俳句(842) 井上菜摘子さん(夏季)。「銀河あふれ身ぬちの水位とりもどす」(句集『さくらがい』) 作者の代表句の一つです。さて、何かあったのでしょうか? 身も心も乾き切るようなことは、だれにだって、一度や二度はあるものです。そんな時、壮大な銀河の流れを眺めていると、失われそうになったものがまた満たされてゆく思いがする。と、そんなふうに読みました。春季の「菜の花は吃水線なり逢ひにゆく」(菜摘子)と同様、スケールの大きな作品です。 

        六月を裏であやつる陰陽師 

                 陰陽師(おんみょうじ)