木魚歳時記

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木魚歳時記 第3662話

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 単に一個の独善的道楽であってはならない。自分は万人に弘く通用する解脱(げだつ)の道を求め実践しているのだから。
 こんな不安に襲われた法然房は、何を感じていずくに向かうのか、一日、ぶらりとひとりで山を下った。
(佐藤春夫『極楽から来た』)363

        山の背をぐいぐい昇る冬日かな

 「ボクの細道]好きな俳句(1412) 正岡子規さん。「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」(子規) われが仏(ほとけ)か! 仏がわれか! 読者の心に迫る作品です。子規三部作(遺作)の一つです。さて、お正月から『死ぬ気まんまん』(佐野洋子)の書物と出会い、その内容に刺激を受けて「死ぬ」とか・・物騒な話が続きました。このあたりで話題を転換して、某氏Sが、夜毎、見てウナされるという、S氏の「夢見」について述べてみましょう。