木魚歳時記

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木魚歳時記 第679話

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 次女は、ご主人の仕事のつごうで千葉県の松戸に住んでいます。その娘が敬老の日に絵手紙(写真)を送ってくれました。やさしいことをして、ぼくを<ほろり>とさせてくれます。
 
  「生きる喜びとは
    主役を演じることを意味しない」(福田恒存

 「行雲流水」(こううんりゅうすい)とは、行く雲や流れる水のことです。それに因んで、無心無作な心の状態や、こだわりのない行為を指してそう呼びます。また略して「雲水」(うんすい)とは、師を求めて全国を行脚(あんぎゃ)する修行僧のことを指します。ぼくの娘は、修行僧ではありませんが・・ときおりみせてくれるそのありがままの<やさしさ>がぼくの心をうちます。

    花野より花野をぬけて祇王寺へ