木魚歳時記

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魚歳時記 第3345話

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 彼らの口々にいうところによると、お祭りに参詣の一群が帰途を細いあぜ道を一列縦隊で来かかると、折から参詣にのぼる稲岡の一群と出合い、どちらも道を譲らず暫(しばら)くにらみ合ううち、弓削の若者のひとりが、いきなり列から飛び出して稲岡の若者と何やら一言二言いい争う末、二人はつかみ合いながら一面の雑草のなかへころび落ちたところを、双方から人が出て引き分けて帰った。
(佐藤春夫『極楽から来た』)51

      快男児兜太が死んだ虎落笛 

 「ボクの細道]好きな俳句(1096) 坪内稔典さん。「ケータイのあかりが一つ冬の橋」(稔典) めずらしくしんみりした抒情俳句です。厳寒の最中に橋の中央でたたずむ人影が思い浮かびます。恋人と別れたあと、ケータでつきない名残話をつづけるのでしょうか・・

 

魚歳時記 第3344話

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 弓削では朝から老若の一群が参詣に出かけて、正午近くには妙に興奮して帰ったが午後には三々五々、預所(あずかりどころ)に定明を訪(おとな)うて何事か密談していた。
(佐藤春夫『極楽から来た』)50

      漆黒の空にきれいな流れ星

 「ボクの細道]好きな俳句(1095) 坪内稔典さん。「恋人とポンポンダリアまでの道」(稔典) ふむ。デートの風景を描いた作品でしょう(心の距離も含めて)。 それにしても「ポンポンダリアまでの道」とは楽しい。ともかく、ネンテンさんの俳句は楽しい。「難しいことを易しく。易しいことをより深く。より深いことを楽しく」(井上ひさし)。この言葉は句作の指標です。

 

魚歳時記 第3343話

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 これは稲岡の漆氏居館の東方にあった加茂神社の春の例祭の太鼓である。神社はいつのころ祭られたのか、いまは知る人もいないほど古く、この山峡一帯の神社として付近の村々から祭られて本社と同じく四月、中の酉(とり)の日に挙行される。春の名残と、まさに取りかかろうとする農事の前に、境内のふじ、つつじの見物を兼ねての祭日は毎年付近のにぎわいであった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)49

      ポリープの一つや二つばつたんこ

「ボクの細道]好きな俳句(1094) 坪内稔典さん。「がんばるわなんて言うなよ草の花」(稔典) わかります。ボクも後期高齢者の中位を占めていますから・・それに「草の花」みたいにか弱い体質ですから・・ですから「がんばるな」と自分にいいきかせながら、性懲りもなく『木魚歳時記』に精を出しています。しんきくさい性分は焼くまで治りません(汗)。

魚歳時記 第3342話

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(四)この日、山々には晩春のかすみがたなびき、空は低く垂れてうすぐもりした天地は、その心臓の鼓動のように、弓削稲岡一帯の新緑の山地に山彦して、にぶくとどろき波打っていた。
(佐藤春夫『極楽から来た』)48

      炎熱のそこさきはわからない

 「ボクの細道]好きな俳句(1093) 坪内稔典さん。「三月や人のきれいな膝小僧」(稔典)人のきれいな! ボクなら、きれいな人の! あっ、それなら説明になる? しかし、「人」は女性でしょうが、もし、男性の膝小僧など見たら病気になる。詩的であるかそうでないか。才能ありか凡人か。その境目が「人のきれいな」の措辞にあるのでしょう(汗)。

 

魚歳時記 第3341話

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 年を経ても夫人秦氏との間にはまだ一子の無いことであったが、これさえも岩間観音に祈願した末に、夫人が一夕かみそりをのむと夢みて生み得た一人の男児は年とともに心身が発育しすこやかにさかしく末頼もしい幼童と思われて、時国の幸せはいまこそ、藤原の長者道長ではないが、望月のかけたるところの無いものと、おのれにも他人にも思われるのであった。
 しかしながら、人間の世界にあっては、他にすぐれて幸福ということ自体が、一転する危機としてまた一つの禍(わざわい)であるのかも知れない。
(佐藤春夫『極楽から来た』)47

      ただ灼けて水をごくごく飲んでゐる

 「ボクの細道]好きな俳句(1092) 坪内稔典さん。「百日草がんこにがんこに住んでいる」(稔典) 根強そうにはびこる百日草を「がんこ」のリフレインと「住んでいる」と比喩で描いて成功した作品です。なによりもネンテンさんの俳句は楽しい。ボクもネンテンさんをまねて「楽しい」俳句を作りながら終わりたい(汗)。

魚歳時記 第3340話

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 漆時国は父祖伝来の稲岡の庄を領し、また父祖伝来の好もしい笛吹山下の居館に安住し、二十 七歳に及んでは、国内で漆氏と並び称される旧来の名族秦氏(はたうじ)の姫を迎えて夫人とし、つづいて一身は押領使として地方武士の元締めと仰がれるほど、人のうらやむ身の上にただ一つの不足としては、
(佐藤春夫『極楽から来た』)46

      人間のこはれるときや石鹸玉

 「ボクの細道]好きな俳句(1091) 坪内稔典さん。「一日のどこにも桜とハイヒール」(稔典) 花見の頃ともなれば、どこに行っても、どこもかしこも花見客であふれかえる。このことを言い換える(「ハイヒール」)で洒落た作品となる例です。こうした大勢の花見客に桜の根元を踏まれると桜の木は弱るのですが・・

 

魚歳時記 第3339話

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 押領使(おうりょうし)というのは令外(りょうげ)の官(かん)といって大宝令(たいほうりょう)に定めた以外の役人で、国衙(こくが)の下に兵を指揮して都内の狂暴の徒を鎮圧して治安を維持するために、原則的には郷土の名望ある豪族が任命される役目であったが、この制度が大宝令にはなくてその五十年後天平宝字(てんぴょうほうじ)三年(西暦七五九)にはじめて置かれたのはわずか五十年間に追々と地方の民情がこんな官を必要とするほど不穏になりはじめたのを明らかにするものである。いったんこうなればもう古代の純朴は失われる一方である。
(佐藤春夫『極楽から来た』)45

  (平成25年京鹿子祭応募作品)「悉有仏性」15句
      腸の底に怪しき黴の花  腸(はらわた)

 「ボクの細道]好きな俳句(1090) 坪内稔典さん。「走り梅雨ちりめんじゃこがはねまわる」(稔典) なるほど、じっと静かに整列している「ちりめんじゃこ」などあるはずがありません。しかし、このあたりまえのことを、あたりまえに描いては面白くない。動きのある「走り梅雨」の季語と取り合わせ「はねまわる」とかわいらしく描いたところが秀逸です。