木魚歳時記

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木魚歳時記 第3704話 

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 さて山に帰ってみると、第三の師匠皇円が永年苦心して推敲(すいこう)した『扶桑略記』(ふそうりゃっき)の完稿を残して、乱後、成道の困難に絶望した結果、五十七億七千万年後に下降(げこう)するという弥勒菩薩(みろくぼさつ)を待つために蛇身を受けて遠州(えんしゅう)の桜ヶ池に身を沈めたという話を師匠叡空から聞かされて驚いた。
(佐藤春夫『極楽から来た』)401

        ざざ虫やこ宵わが身の果つるかも

 「ボクの細道]好きな俳句(1455) 矢島渚男さん。「船のやうに年逝く人をこぼしつつ」(渚男) 年逝とは歳の暮れ、つまり、年末を指す季語です。「年逝く人をこぼしつつ」とは? 大海原を航海する船(比喩)、つまり、この社会からこぼれ落ちそうな人も包含しながら年が暮れてゆく? さて、コアラがよく眠るのは? コアラが食するユーカリ(樹葉)には青酸(タンニン)の毒が含まれるそうです。そうした毒素を摂取できるよう進化し、生存競争に残って来たのでしょうか。しかし、毒素の摂取と代謝の関係で、一日中ほとんど眠って過ごすそうです。ボクも、昼寝などだんだんと多くなりました(笑)。

 

木魚歳時記 第3703話 

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 いよいよ末世(まっせ)が現出した、と法然は歩きながら考えつづける。いわゆる闘諍堅固(とうじょうけんこ)、暴力の時代に入ろうというのであろう。次いで必ずまた何事かが起り、その何事かが必ずまた何事かを呼び起さずにはおくまい。
 彼は時代の不安をしみじみと身に感じながら道を急いでいる。
(佐藤春夫『極楽から来た』)400

       流氷のどこまで流れ果てるのか

 「ボクの細道]好きな俳句(1454) 矢島渚男さん。「ゐなくなるぞゐなくなるぞと残る虫」(渚男) ああ、どうしてこのような、あたりまでのことをありのままに表現して読む者の心をつかむとが出来るのか? 非凡な俳人に与えられた才能としかいいようがありません。さて、ダイコクコガネについて。以前、ウサギが自分のウンコを食べる話をしました。昆虫の仲間にもウンコを食べるグループがあります。糞虫(ふんちゅう)と呼ばれます。ダイコクコガネ(大黒黄金)の幼虫は、ウンコの中で育ち、成虫になってもウンコを食べて暮らします。まさに、ウンコまみれでの一生です! 雲谷斎(うんこくさい)の「どんくさい」とは雲泥の相違です(汗)。

 

木魚歳時記 第3702話 

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 この時敗軍中の大立者であった左大臣頼長は逃げる馬上で流れ矢に当たって死んだが、この藤原長者たる大旦那を失った南都の蔵俊は『唯識比量抄』(ゆいしきひりょうしょう)を八月十四日に浄書し終わって「筆ヲ執ッテ書カントスル二文字モ紅涙ニ染マル」と奥書している。
(佐藤春夫『極楽から来た』)399

       往生をとむらふごとく虎落笛

「ボクの細道]好きな俳句(1453) 矢島渚男さん。「太初より昼と夜あり蛍狩」(渚男) 「太初」(たいしょ)とは、初劫(しょこう)、つまり、天地の始まりから「昼夜」(ちゅうや)は存在した。この巨大な時間の流れと、ひと時の蛍狩との二物衝撃に圧倒されます! さて、カゲロウは、はかないモノの代名詞に数えられます。とりわけ、オオシロカゲロウの寿命はわずか2時間だそうです。そのため、彼、彼女らは、卵からいっせいに羽化(うか)し、いっせい交尾し、2時間ですべて「いのち」つきるというのです。嗚呼。S氏がいう「死ぬ気まんまん」なんて、冗談でも云ってはなりません。天寿を全うしなければバチがあたります。

 

木魚歳時記 第3701話 

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 (五)保元(ほげん)元年の晩秋、法然は十五年前に自分の目の前で起こって今もまだありありと眼底に残るほどの忌まわしいでき事が、いまやもっと大仕掛けに、場所もあろうものを、都でもち上り、御所の一部が焼き打ちされたばかりか、その結果は三百四十年このかた全く絶えていた死刑が再び朝廷で行われることとなり、刑死者は七十人(事実は十数人であるが、当時はこう誇大にうわさされたらしい)に及ぶという。
(佐藤春夫『極楽から来た』)398

       凍蝶のわたくしここで果つるのか

 「ボクの細道]好きな俳句(1452) 矢島渚男さん。「残雪や黒き仔牛に黒き母」(渚男) 牛は黒い色が多い。あたりまえのことですが! 「黒き仔牛に黒き母」と詠われてみるとメルヘンの世界が生まれます。さて、マムシ(蝮)は日本にも棲息する毒蛇です。ところで、「蛇足」とは、本来、蛇に「足」(余計なモノ)を描いた。という中国の故事によるようです。また、マムシは卵胎生(爬虫類ですが胎生する)へと進化したようです。マムシの胎生を見た人が「蝮(まむし)が子を吐く」(蛇足)と記したようです。 

 

木魚歳時記 第3700話 

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 昔ながらの寺々や仏たちを巡って法然は十一月までこの古都にいた。その間に都では七月十一日、天皇家と摂関家の父子、兄弟が牆(かき)に相せめぎ、源平の武者たちも父子、兄弟、叔姪ら相分れての兵乱があったと伝わってきた。
 今や古い寺々での仏典あさりどころではないと法然は乱後の都を見ようと急いで立ち帰った。
(佐藤春夫『極楽から来た』)397

       冬蠅のひとつ書斎で大往生

 「ボクの細道]好きな俳句(1451) 矢島渚男さん。「遠くまで行く秋風とすこし行く」(渚男) 流れる雲を見て「いわき平(だいら)」の方まで行くのかい」と呼びかけた詩人がありました。この俳句「秋風とすこし行く」がとても好きです。さて、オドリバエ(踊蠅)のオスは、メスに求愛するとき、プレゼントをラッピング(実は中はカラ)して持参するするそうです。そして、メスが夢中でラッピングをはがしている最中、ちゃっかり交尾をすませて飛んで行くそうです・・霊長類ヒト科の中にも、オスがプレゼントしたブランド品をショップで現金化する部族があるとか(笑)。


 

 

木魚歳時記 第3699話 

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 つまり、学的伝統のない、そんな独創的な鋭い説をはばからず述べるのは、仏、菩薩ならではの大胆不敵さ、敬服だからわが一生、貴僧に奨学の資を進上したいというのである。また蔵俊の後進を愛する一念である。
 しかし法然は、望みもせぬ称賛の辞は得たが、人間生活のなかに溶けこむ仏教の糸口らしいものはここでもつかめなかった。蔵俊は結局、学問としての仏教を学ぶ学匠であった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)396

        暮六つに雪女郎来て戸を叩く  

 「ボクの細道]好きな俳句(1450) 矢島渚男さん。「花火師か真昼の磧歩きをり」(渚男) 磧(かわら)とは河原のことです。打ち上げ花火(今夜)の準備なのでしょうか、花火師が四方の地形を確認しつつ河原を歩いて行きます。大花火準備の緊迫を描いてリアリティーがあります。さて、北アメリカの森林に棲む、オポッサムという体長40センチくらいの生き物(哺乳類)は、敵に襲われると死んだフリをするそうです。おまけに腐ったようなにおいを出すそうです。死肉を食べない天敵から身を守るのに有効なのです 雲谷斎は「しんきくさい」上に卑猥なマナコをしていますからもてません(汗)。

 

木魚歳時記 第3698話 

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 蔵俊がつぶさに説く?舎(ぐしゃ)七十五法や百法に対して若い法然は、人間の千差万別の心理をわずかに七十五法や百法で割り切って解決し得たとするのは承服しがたいというと、耳を傾けていた蔵俊は容を改めて、
「しかし貴説は相伝の義を超えている。貴僧は、仏、菩薩の権化(ごんげ)か、この後、終身供養し奉ろう」といった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)395

       雪底にものうごきたる気配かな

 「ボクの細道]好きな俳句(1449) 矢島渚男さん。「花吹雪うねりて尾根を越えゆけり」(渚男) この作者の視点のさきには大自然と対峙する真摯な姿勢が感じられ敬慕いたします。さて、ウサギは飼い慣れることが少ない? ですから家庭でペットとして飼うことは少ない? しかし、幼稚園、小学校などの飼育小屋では主役です。ところで、このウサギは自分のうんこを食べるんです。それも肛門から直(じか)に! ウサギにかぎらず、うんこを食べる動物や昆虫はたくさんいます。ということは「うんこ」にはまだ栄養価が残っている(笑) 雲谷斎(うんこくさい)もまだまだ・・