木魚歳時記

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木魚歳時記 第3770話

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 増賀も源信と同じく良源の門下で源信の先輩であるが、ひたすら道を求め、俗界の名聞をきらって「やんごとなき学生(がくしょう)」との名が一山に高く、九重の雲上にも達して、冷泉(れいぜい)上皇から護持僧(ごじそう)として召されたが、増賀は狂人をよそおい、逃れて多武峰へこもってしまった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)463
  
       始まりも終りもなくて春の海

 「ボクの細道]好きな俳句(1520) 阿部完市さん。「冬眠の蛇のごとくに尊しや」(完市) 「尊(たっとし)」と読むのでしょう。冬眠する蛇を見たことはありません。「穴惑い」する蛇は居そうです。しかし、これも人間の「遊び心」が生み出した想像の現象でしょう。それはともかく、発想の転換が得意な作者であります。

 雄鳥(おんどり)1ー7 大工たちはたらふく酒を飲み、それからめいめいその雄鳥の奪い合いをした揚句、とうとうそいつを焼いてしまうことに決める。 彼らはまず藁(わら)と薪束(まきたば)を積み上げて雄鳥の巣を作ってやり、それから、火をつける。  

 

木魚歳時記 第3769話

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 という返事で、源信をたしなめ励ましてき来たと伝えている。これは死を眼前にした崩齢(たいれい)でわが子の遠遊求道を励ました奝然(ちょうねん)の母にも劣らぬ志、この母にしてこの子あり。
 源信の母の返事のなかに見える多武峰の上人というのは、たぶん増賀上人のことと思うが、これもまた、並々ならぬ上人であった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)463

       りんだうの蕊が伸びたり縮んだり  蕊(しべ)

 「ボクの細道]好きな俳句(1519) 阿部完市さん。「傘さすならば水田にうかびけり」(完市) 梅雨の雨に打たれながら歩くくらいなら・・いっそ、水田の中に入って浮かんでみたい。ここまで発想を飛ばせるなら・・それはもう誇大妄想の域に近い? 常人にはかなわない発想に感嘆いたします。 

 雄鶏(おんどり)1-6 すると、今度は大工たちがやってくる。
彼らは天守堂のこの虫のついた部分を取り壊し、その雄鳥を下ろしてくると、それを持って村じゅうを練り歩く。誰でも祝儀(しゅうぎ)さえ出せば、そいつにさわっていい。
或る連中は銅貨を一枚出す。ロリオの奥さんは銀貨を一枚出す。 

 

木魚歳時記 第3768話

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 彼が三条院太后の宮のおん八講に召された時、故郷の母を喜ばせようと思って、その時御下賜ののあった品を分けて大和に送った。喜ぶと思いきや、母は、「そちを元服もさせないでお山に上らせたのは、専心に学問修行して多武峰の上人のようにけ高くなり、母が後世をも救わせようがためであった。そなたが御所のおん八講に召されて世に時めく名僧とうたわれることは母の本意にそむく次第である」
(佐藤春夫『極楽から来た』)462

       てふてふの花から花へひらひらり

 「ボクの細道]好きな俳句(1518) 阿部完市さん。「他国見る絵本の空にぶらさがり」(完市) 無季作品でしょうか。「絵本の空にぶらさがり」なんてメルヘンの世界はこの作者ならはです。絵本(外国を描いた)を眺めながら、外国の風物に浸ることができるのは、作者の感性が自由であるからです。

 雄鶏(おんどり)1-5 まず、二羽の雄鳥はぐるぐる回る競争をする。しかし、古い木の雄鳥はすぐ力が尽きて負けてしまう。一本しかない足の下で、梁(はり)がいまにも崩れ落ちそうなっている。彼は危うく倒れようとして、体を突っ張りながら前へのめる。彼は軋(きし)み、そして止まる。

 

木魚歳時記 第3767話

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(三)源信は大和葛城郡の人で、幼少から叡山に上って慈慧僧正良源(じえそうじょうりょうげん)に従って学び、数ある弟子のなかで四傑の一人に数えられた程であったが、僧官を望まず栄位を避けて横川(よかわ)に閉居して、ひたすら著述に力を尽くし、『一乗要決』(いちじょうようけつ)『往生要集』(おうじょうようしゅう)などの著書を遺した。
(佐藤春夫『極楽から来た』)461

      ぶつぶつとつぶやき流る春の川 

「ボクの細道]好きな俳句(1517) 阿部完市さん。「ローソクもつてみんなはなれてゆきむほん」(完市) 謀反(むほん)を起こすための密議(みつぎ)、たとえば、鹿ケ谷の密議などのあとは、たいていこうした状況となるのでしょう。大納言(だいなごん)たちのたくらみも武家社会の台頭(たいとう)の前には、たいてい未遂に終わったようです。

 雄鶏(おんどり)1-4 やがて、ぐっと首を持ち上げながら、よく見ると、やっとでき上った鐘楼のてっぺんに、今朝までそんな所にいなかった若い雄鶏が一羽止まっている。どこから舞い込んで来たか、こやつは、尻尾(しっぽ)をはね上げ、いっぱし歌でもうたえそうに口をあけ、そして片方の翼(はね)を腰のところに当てたまま、どこからどこまで新しく、陽の光をいっぱいに受けて輝いている。

 

木魚歳時記 第3766話

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 この勧学会同人の二著作は市の聖が庶民たちに働きかけたのと歩調を一つにするもので、上流社会に浄土欣求(ごんぐ)の心をめざめさせ、今まで加持祈祷(かじきとう)を旨としていた宗教界に真の宗教らしいものを植えつける重要な役割をしている。
(佐藤春夫『極楽から来た』)460

        野面焼き黒い地を這う煙かな

 「ボクの細道]好きな俳句(1516) 阿部完市さん。「わたしらいそぐかんざしかくしてある山奥」(完市) あの大切な「簪(かんざし)」を隠しておいた山奥に、今、それを確かめるために急いでいる? なんともミステリアスな作品です。

 雄鶏(おんどり)1-3 ところで、今日、その天主堂の向こうの端に石屋の連中が姿を現した。
 木の雄鶏はじっと彼らの方を眺めていると、そのとき急に風が吹いて来て、無理やり後ろを向かされてしまう。
 で、それから振向いて見る度に、新しい石が積み上げられては、眼の前の地平線を少しずつ塞(ふさ)いで行った。

木魚歳時記 第3765話 

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 彼は寂心となるとすぐに、国史や諸人の別伝、また世上の見聞にもとづいて『日本往生極楽記』を書いた。あたかもほとんだ時を同じくして勧学会の一員であった僧恵心院源信(えしんいんげんしん)も『往生要集』三巻を著した。この書は経文から往生に関する部分を抄録して問答体に編んだものである。
(佐藤春夫『極楽から来た』)459

       風光る神の柱のエンタシス

「ボクの細道]好きな俳句(1515) 阿部完市さん。「みてやれば水素記号のようなり舟の子」(完市) 水素はH。水素分子はH2です。それはともかく「舟の子」とは? そのさきに「みてやれば」の措辞がありますから、いさざ採り漁でしょうか? 舟のあつかいを教え、漁業を教えてきたその子は、いさざ舟の上で、父子、水素記号のように景が浮かびます。

 雄鶏(おんどり)1-2 彼のからだは木でできていて、腹の真ん中に鉄の脚が一本ついている。そして、もう何年となく、今ではとても建てられそうでもない天主堂の上で暮らしている。それはちょっと納屋(なや)みたいな建物で、その棟瓦(むねがわら)は牛の背骨と同じくらいにまっすぐである。 

 

木魚歳時記 第3764話 

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 保胤(やすたね)はかねがね持っていた道心は市の聖の出現によって一層に高揚し、慧遠(えおん)の白蓮社(びゃくれんじゃ)にならって、天台の僧二十人、彼自身の仲間の書生二十人と相語らって勧学会(かんがくえ)を結成して、詩を論じ仏を談じて喜んだが、後年は出家して寂心と号した。
(佐藤春夫『極楽から来た』)458

       水鳥の群れ黒々と影を引く

「ボクの細道]好きな俳句(1514) 阿部完市さん。「しもやけしもやけまつさかさまである」(完市) なんで「まつさかさま」なのか? これがわかりません。ひょっとしたら、まったく「しもやけ」とは縁遠い自分が、今年はどうしたことか、まつさきに「しももやけ」に罹ってしまった・・と、もう、これくらいで止めておきましょう。

 雄鶏(おんどり)1-1 彼は一度も鳴いたことがない。一晩も鶏小屋で寝たことがなく、それこそ一羽の雌鶏(めんどり)すら知らなかった。