木魚歳時記第4094話

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 「こちに近く」
 と仰せられたがあまりの勿体なさに法然が敢えて進まないのをご覧あって、
「ではこちらで下りる、人君の故をもって法の師を見下すはわが志ではない」
 と仰せられたので法然はおそるおそる玉座に近づき、型の如く授戒の式をすすめて、説戒に当っては平素の信念を披瀝(ひれき)し、『往生要集』を引用して念仏は称名にて足れりと断定した。
(佐藤春夫『極楽から来た』)762

       葱饅が大好きなのよおかあさん  葱饅(ねぎぬた)

 「ボクの細道]好きな俳句(1841) 大峯あきらさん。「虫の夜の星空に浮く地球かな」(あきら) これこそ大自然(宇宙)を描いておおらかな作品です。何の外連(けれん)味もありません。ああ、こんな作品にあこがれます・・ところで、ボクは葱饅(ねぎぬた)が大好きです。熱ごはんに添えて白味噌の「ぬた和え」出るとニコニコしています。「和顔愛語」=「皆んなニコニコ優しいことば」。

  さいちや、しあわせ。
  ほとけのなかま。
  なむあみだぶと、はなしゆ(を)して、
  ごんのはなし、よるひるたゑの(ぬ)。
  ごんうれしや、なむあみだぶつ。
   『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4094話

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 法然房はしぶしぶ、いや、こわごわで参院した。しかし四十四、五歳の世慣れた上皇は、ごくお気軽に法然にお対しあらせ、まず叡空の微恙(びよう)を問い、さて、「そちのことは慈眼房からも九条大相国からも聞いていた。よく参った。一度会ってみたいと思っていた。」と仰せられ賜り、さて、みすを掃いのけられ給い、 (佐藤春夫『極楽から来た』)761

       化野は極楽のやう冬夕焼  化野(あだしの)

 「ボクの細道]好きな俳句(1840) 稲畑汀子さん。「霧氷ならざるは吾のみ佇みぬ」(汀子) 「霧氷」(むひょう)ならざるとは? 一夜にして消え去る・・霧氷のように清楚(執着のない)で居れない自己への懴悔(さんげ)でありましょうか? 人はみな、こんなことを思いつつ、美しい霧氷を見ながら、そのそばに佇(たたず)みたくなるのです。(思うに)霧氷には、それほど、見る者の「自我」を寄せ付けない厳しさも漂うのです。

  わたしや、しあわせ。
  じひにみちられ、
  みちたをじひわ、どこにでる。
  なむあみだぶと、くちにでる。
  これにさいちがたすけられ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4093話

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 「それは存じて居ります。ですが資格が」
「資格はわしが与える。わしの代理で行け。考えがある。わしが命じる」
「お師匠さまがお命じとならば、ご辞退のすべはございません」
(佐藤春夫『極楽から来た』)760

       病室の空念仏や春の昼  空(から)

 「ボクの細道]好きな俳句(1839) 稲畑汀子さん。「長き夜の苦しみを解き給ひしや」(汀子) 作者の苦しみとは? 作者、晩年の作品でしょうから! すでに悟りの域と感じましたが・・さて、もしボク(83歳)が、突然、手術の必要に迫られたとしたら! 手術が不可避となったなら! 術後の、酸素ボンベ、点滴のクダ、排尿管と尿瓶(しびん)にがんじがらめになり、悶々と身もだえする我が身が浮かんできます。そんなとき、S氏なら、病室でもかまわず空念仏(からねんぶつ)するでしょう。「木魚ぽこぽことからつぽ春の昼」(木魚)

  わたしや、しやわせ。
  なむあみだぶにしてもらい。
  それにな(名)のつく、なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4092話

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 「それでわたくしがお師匠さまに代って戒師というわけですか」と法然房は愕然(がくぜん)として、「お師匠さま、それは困ります。わたくしには勤まりませぬ」
「そなた戒を受けた時の順序や方式はまだおぼえて居ろう。わけのないこと。それをそなたがやればよいのさ」
(佐藤春夫『極楽から来た』)759

       冬の蚊は叩かぬやうに教えられ 

 「ボクの細道]好きな俳句(1838) 稲畑汀子さん。「転びたることにはじまる雪の道」(汀子) ふむふむ。こんなことはありました。状況は違いますが・・ボクも(高齢になってから)雨後の植物園で思い切り転倒しました。メガネもなにもかも、すっ飛びました。顔面、血だらけになりました。無事でした。仏さまご加護のお陰です。

  わたしや、こどもで、
  をやのこと、しらの(ぬ)。
  ぶつになること、しらせてもらい、
  ごをんうれしや、なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4091話

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 「院に病を持ちこんではならぬ。そなた代わりに参ってくれ」
「何のためですか」
「実は式子内親皇が今度ご病気で斎院(さいいん)をさがられたについて、ご落飾あそばす。それでわしに授戒に来いと仰せ出された」
(佐藤春夫『極楽から来た』)758

       こんな夜は雪女来て戸を叩く

 「ボクの細道]好きな俳句(1837) 稲畑汀子さん。「見る者も見らるる猿も寒さうに」(汀子) ボクの実体験です。お正月の三日間、お寺は檀家さまの墓参で賑わいます。ボクは、大黒さんの目を盗んで「煤逃げ」ならぬ、「寺抜け」の怪しからぬ行動に出ました。つまり、動物園への写真撮影でした。そこで寒そうなサル君を見ました。このときのボク気持ちが、この俳句と同じだったことを思い出します。

  もをねん(妄念)わ、ありながら、
  いまわ、をじひに、のせられて、
  ごをんうれしや、なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4090話

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 嘉応(かおう)元年法然三十七歳の一日、師匠叡空が彼に意外な事をいい出した。
「源空そなた迷惑でもあろうが、ちょっと院まで参じてはくれまいか。実はわしが招かれたが、知ってのとりわしは貴人の前は大きらいさ。礼法(れいほう)を心得ないからの。そこでわしはいささかの恙(つつが)ありさ、本当だ。これこのとおり」と一つ二つ咳(しわぶき)をして、
(佐藤春夫『極楽から来た』)757

      さつきからどこもうごかぬ冬の蠅  

 「ボクの細道]好きな俳句(1836) 稲畑汀子さん。「見ることも松の手入でありしかな」(汀子) ふむ。わかります。松の手入れは、何年もかけてその職人さんの思いのままに育てられます。職人さんの個性がにじむものです。とりわけ、気合の入った職人さんの「作品」(松手入れ)を見るのは楽しみの一つです。

  上をど(浄土)から、なむあみだぶのふねがきて、
  まう(つ)てをるぞよ。
  これがわたしのふねでござるか。
  ごんうれしや、なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4089話

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 彼は先ず学問(先哲の智力)によってわが信念を証明し客観化しようと空しく努力した。法然の修法との対決はいよいよ深められて行く。修法にも独善の陥穽(かんせい)が秘められているのを法然はやがて気づかずには置かない。
(佐藤春夫『極楽から来た』)756 

      山麓に野仏あまた山眠る 

 「ボクの細道]好きな俳句(1835) 稲畑汀子さん。「落椿とはとつぜんに華やげる」(汀子) 落ち椿が地上に「灯る」艶やかさは遠くからでも目につきます。ハッ、といたします。しかし、なぜか拾おうとはいたしません。自然のままに眠らせてあげたいからです。落ち椿は、菩薩(ぼさつ)であり野仏であるからです。

  のせられて、ごをんをみれば、
  なむあみだぶつ。
  をやのごをんがあればこそ。
  ごをんうれしや、なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)