木魚歳時記

画像・文章の転載はご遠慮下さい

木魚歳時記 第3463話

f:id:mokugyo-sin:20180619055103j:plain

ここには樹木らしいものは何一つなく、あるのはただ、あちらこちらの低い灌木(かんぼく)の叢(しげみ)ばかり、一面の緑あせて黄ばんだ枯芝の行く先々にりんどう、ききよう、なでしこ、おみなえしがいたましくやせた茎にゆかしい花の色を見せていた。
(佐藤春夫『極楽から来た』)165

      初しぐれもやしの髭のひかり出す

 「ボクの細道]好きな俳句(1213) 藤田湘子さん。「父に金遣りたる祭過ぎにけり」(湘子) 「遣りたる」はいつ? 祭りの日だから小遣いをあげた(現在形)。祭りの日に小遣いをあげていた(過去形)。ボクは後者と読みました。その方が、妙に父のことを思い出してさびしい気持ちになる。祭を見て「あの頃」を思い出すからです。

木魚歳時記 第3462話

f:id:mokugyo-sin:20180618055937j:plain

 那岐(なぎ)の主峰は寺の支峰を南にめぐるだらだら坂をしばらく下り、西に出るとそのすその支峰と支峰との境目にある谷あいの細流が、水もせせらぎもさわやかであった。足もとの小岩を二つ三つ踏みしめて飛び渡ると、流れの前面一たいはひろびろと盛り上った芝生であった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)164

      霧の中何か跳ねたる深泥池

 「ボクの細道]好きな俳句(1212) 藤田湘子さん。「つちふるや嫌な奴との生きくらべ」(湘子) 中国大陸から来る黄砂でしょうか、終日、よなぐもる一日でした。こんな時、(職場では)天敵のようであった、「あいつ」のことを、ふと、思い出してしまいます。いまは遠く離れていても、あいつは相変わらずピンピンとしているはず! ならばこの俺も「暮の秋あと十年は生きてやる」(木魚)

 

木魚歳時記 第3461話

f:id:mokugyo-sin:20180617051910j:plain

 更に一段と高く主峰に登って、童子の目を楽しませるかとか、彼自身をはじめ多くの若い学侶たちが夏中蓄積した精力を登高によって発散させようという念慮から出た企てであった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)163

     おしまひのページめくりてやや寒し

 「ボクの細道]好きな俳句(1211) 藤田湘子さん。「麹町あたりの落葉所在なし」(湘子) 東京の「麹町」あたりがどのような処であるのか? 残念ながら、ボクはよく知りません。ですから、街路の落ち葉が、その街にそぐわしいのか、あるいはそうでないのかよくわかりません。しかし、半蔵門(皇居)に近いようですから、降りつもる落ち葉も似合うと思います。ただ、落ち葉としては退屈であるのかも?

木魚歳時記 第3460話

f:id:mokugyo-sin:20180616050546j:plain

(四)九月半ば、秋晴れのさわやかにつづいた一日を、観覚は学侶一同にむかって、主峰の山頂へ登ってみようといいだした。
 彼は童子がこのごろ、時々悄然(しょうぜん)としている姿をも、また好んで墓域の東側の樹下に眺望を楽しんで立っているのも知っていたから、
(佐藤春夫『極楽から来た』)162

     落鮎の肩ゆるませて錆にけり

 「ボクの細道]好きな俳句(1210) 藤田湘子さん。「わが屋根をゆく恋猫は恋死ねや」(湘子) わかります。あの「寸前」の声(叫び)はすさまじい、というか切ない。とても他人事(ひとごと)とは思えません。あっ、人ではないか猫でした。それにしても、はやく、示談・合意が成立して欲しい。

木魚歳時記 第3459話

f:id:mokugyo-sin:20180615053853j:plain

 童子は彼の心を襲う何とも知れないものは、母を慕い亡き父をなつかしく一念で、やがて寄るべのないおのれの孤独感であるということを、この大きな風景を前にして弓削や稲岡の黄ばんだ田の面を刻々にうすれ行く夕日かげを見ているうちに追々と気づいた。
(佐藤春夫『極楽から来た』)161

      百畳にぽたりと落ちる法師蝉 

 「ボクの細道]好きな俳句(1209) 藤田湘子さん。「琴の音や片蔭に犬は睡りつつ」(湘子) 「片蔭」は夏の季語です。さて、犬が眠るとは! 格子の外の街路。家の庇がつくる片かげりの涼しいところで寝そべる犬、格子の中から娘さんが奏でるのでしょうか琴の音がもれてきます。

木魚歳時記 第3458話

f:id:mokugyo-sin:20180614045758j:plain

 津山盆地の西部山際にあるのだが、あいにくとあまりに近く山かげになってここからは見えないのか、それともあまりに遠く見えながら見定めにくいのか、西の方ははるかに母の家秦氏の氏神錦織神社の森とおぼしきものを黒く見つけはしたがそれもおぼつかない。
(佐藤春夫『極楽から来た』)160

      月天心をとこ一匹もゆら欲る

 「ボクの細道]好きな俳句(1208) 藤田湘子さん。「朝顔を蒔くべきところ猫通る」(湘子) 藤田湘子さんの俳誌『鷹』は、小川軽舟さん、高柳克弘さんへと引き継がれたようです。ですから、軽舟さんの歯切れのよい作品は、師匠(湘子)さん譲りともいえるのでしょう。さて、この猫(上掲)は、親切なのか「いけず」なのでありましょうか?

木魚歳時記 第3457話

f:id:mokugyo-sin:20180613063759j:plain

 つるべ落としの秋の夕日ざしの間に童子が黄色な瞳をかがやかし見張ってあちらこちらさがし求めているのは倭文錦織(しどうにしごり)の母の家であった。それは稲岡の背後の山を縦に北へ超えた里で、
(佐藤春夫『極楽から来た』)159

     わき道にまがりたくなる秋の暮

 「ボクの細道]好きな俳句(1207) 小川軽舟さん。「虹といふ大いなるもの影もたず」(軽舟) 虹を見た願望は誰にでもあります。しかし、虹に影? そんな発想する人は少ないでしょう。まあ、天然現象はスケールが大きいですから・・ そうした連想も? それに「影もたず」と断定したところが秀逸です。