松のことは松にならへ 竹のことは竹にならへ
俳聖・松尾芭蕉(まつおばしょう)のことばです。自分の早合点、早とちり、つまり<ひとりよがり>を戒めたことばです。習い事を志す者は、自分流を捨てて師の求められた<道>をたどることがまず手始めです。
すなわち、松と一体になってこそ松の音が聞こえ、竹と一体となってこそ竹のささやきが響いてくるのです。それは、松や竹をじっと観察することから始まります。仏教では、物と私が一体となることを、「梵我一如」(ぼんがいちにょ)、あるいは、たんに「一如」(いちにょ)といいます。ぼくは坊主であり、しかも俳句を志しながら・・上記のことがまったくできていません。