木魚歳時記 第3508話

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 そうして、家々には七宝の池があって、なかは清らかにすがすがしく澄み、ひんやりと甘美で静かにとろんであふれ狂うこともなく目を楽しませる水がなみなみとたたえられて、底には沙金が布(し)かれ、四方には金銀瑠璃玻璃(こんごんるりはり)をまぜ合わせ細工した階道が水際(みぎわ)に下りて行く。
(佐藤春夫『極楽から来た』)211

      脳天に黴の生えたる哲学者    黴(かび)

 「ボクの細道]好きな俳句(1259) 田川飛旅子さん。「梨剥くと皮垂れ届く妻の肘」(飛旅子) 奥様の剥(む)く梨(なし)の皮がくるくると垂(た)れる、平和なひとときです。リンゴでなくナシであるのがリアリチィーです。みずみずしさが伝わるからです。これが「柿剥く」となればヌルヌルして、妻の肘(ひじ)の印象まで変わるかも? だから俳句は面白いのです。

木魚歳時記 第3507話

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 浄土はどうも水国のようである。それ故に岸を七重の欄干や防波堤などで築きかためて水を護り、また岸や運河沿いの街路樹は完全によく育って、そのゆたかな茂みは日を浴びて宝石のようにかがやいている。
(佐藤春夫『極楽から来た』)210

       ぱらぱらと蟻こぼれすぐ歩きだす

 「ボクの細道]好きな俳句(1258) 田川飛旅子さん。「牡蠣食うやテレビの像に線走る」(飛旅子) いまごろはそんなテレビはありません。戦後に初めてモノクロームのテレビが出始めた頃には、たしかに、線が走り、ザァージャー雑音が入りました。なにより、庶民に、テレビは高嶺の花でした。もちろん、お寺にテレビ(中古)が来たのはずっと後の方でした。 しかし、よかったなあ。欲しいもの(テレビ・冷蔵庫・洗濯機など)があったあのころは!

木魚歳時記 第3506話

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 それが金銀瑠璃玻璃(こんごんるりはり)でできたように美しくかがやいて、都市一帯の宮殿や宝池(ほうち)を取り巻いている。極楽はこのように清潔で美しいところである」
(佐藤春夫『極楽から来た』)209

      八月を蹴り上げてゐる赤ん坊

 「ボクの細道]好きな俳句(1257) 田川飛旅子さん。「青む田に来て女教師にぶら下がる」(飛旅子) 児童は女先生にぶらさがるものです。某氏Sは、お腹が痛い! と女先生にウソをいいました。そして、保健室で女先生を独占して、ぶら下がろうとして叱られました。それから、学校が嫌いになり不登校で、落第(小3)をしました。

木魚歳時記 第3505話

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 「極楽世界は七重の欄干(らんかん)を取りめぐらし、また、根、茎、枝、小枝、葉、花、実をそろえた木々が整然と立ち並んで七重に空におおいかぶさり、
(佐藤春夫『極楽から来た』)208

      炎昼の京人形やのつぺらぼう

 「ボクの細道]好きな俳句(1256) 田川飛旅子さん。「干梅の上を念仏流れけり」(飛旅子) ブログ(前回)の皺々の部分とは、つまり、梅干しのタネのことです。すっかりきれいにしゃぶられて、そして、ポイと捨てられる梅干しのタネのことでした(汗)。その梅干しのタネを眺めながら、ボクは、おもわずナムナムと唱えます。

木魚歳時記 第3504話

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 それ故、人々はこの事を思い違いして極楽というのを死後の世界のことのように思っているらしいが、これは大ちがい、極楽世界は現世における生き方の問題で、とぎすまされた感覚と濁りのない智恵の喜びに生きるということであるらしい。こう思ってみると、極楽世界のことがわかりやすい。
(佐藤春夫『極楽から来た』)207

      羅に嘘がごそごそうごいてる    羅(うすもの)

 「ボクの細道]好きな俳句(1255) 田川飛旅子さん。「柏餅口へ集まる老の皺」(飛旅子) ふむ。食い物に執着するのは老人の習性です。とりわけ、顔中の皺を口元にあつめるのは食い気のある証拠です。ところで、某氏Sは、最近、皺々に縮んで貧祖やなあ! そんあ箇所がもう一つあります。それは、死語となった季語のように、いまでも「ちんけ」に居座っています(汗)。

木魚歳時記 第3503話

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 話があまりウマすぎるのでこれはまゆツバモノであると首をかしげる人も多かろうが、この浄土の楽しみというのは、人間世俗の楽しみとは全く本質的に事かわって、世俗の享楽を全く忘れ果て、初めて享受できる次元の違ったものなのかも知れない。
(佐藤春夫『極楽から来た』)206

       懐中のあぶらとり紙夏来る

 「ボクの細道]好きな俳句(1254) 田川飛旅子さん。「霜を掃くや犬がスカートに首つつこむ」(飛旅子) 飼い主の主婦に愛犬トマソンが「遊んでちょうだい」とじゃれるのは犬の習性です。ですから何の問題もありません。しかし、某氏Sなどが、エスカレーターのご婦人をローアングルで撮影すると(これも男の習性?)ですが、痴漢行為として、即、捕まります。毎日のように(テレビ)で捕まっています。

木魚歳時記 第3502話

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「この国土を何故に極楽というか。この国の衆生の生活には何らの苦労もあることなく、ただあらゆる楽しみだけを受けている。それ故に極楽と名づけたのである」
(佐藤春夫『極楽から来た』)205

      雷鳴や東寺秘伝の風信帖

「ボクの細道]好きな俳句(1253) 田川飛旅子さん。「遠足の列大丸の中とおる」(飛旅子) 遠足といっても、園児とか児童とか生徒だけとはかぎりません。おじん、おばん連中もエンクソいやウオーキングとか称する集団行動をします。そうした連中は、エンクソいやウオーキングはそこそこに、お目当ての大丸百貨店をめざします。その姦しさは想像以上のものです。