木魚歳時記

画像・文章の転載はご遠慮下さい

木魚歳時記 第3327話

f:id:mokugyo-sin:20180203110040j:plain

 弓削はもと最も平野に近く面積も広かったから早く開墾されていたが、水上の稲岡で水田を開いてここが水不足となったため、一時は不堪佃田(ふたんでんでん)としてしばらく荒廃に委ねられていたのを、明石定国(あかしのさだくに)が着目し遠い昔の他人のことを持ち出してそれを理由に(水上の)稲岡から水を分けさせてこの廃(すた)れ田を復活させた荘園を堀川天皇に献上したものであった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)33
    
      滴りて焔青めく明王像   焔(ほむら)

「ボクの細道]好きな俳句(1078) 能村登四郎さん。「子等に試験なき菊月のわれ愉し」(登四郎) 「菊月」(きくつき)とは、「長月」(ながつき)、つまり、陰暦九月の異称です。この頃に学校の試験があるのか無いのか? その時代の流れで定まるわけですが、それはともかく、子らに試験がある時期の親の気苦労は相当なものです。