木魚歳時記

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木魚歳時記 第592話

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 原始経典の一つに「生存を縁として生がある。生を縁として苦しみがある。苦しみを縁として信仰がある」。と述べられています。すなわち、信は苦を縁として起こるものと位置づけられています。

 わたしたちには、さなざまな苦、不安があります。それらはなんらかの形で克服されねばなりません。それらが、祈祷、呪術などにより現世利益的に解消されることもあれば、苦しみ不安が自己存在の根底をおびやかすような場合は、わたしたちは、もっと真に頼るべきもの、すがりつきたいもの、を求めてさすらいます。「とやかくいわんと、念仏もうさっしゃ」(上田さと)。とありますように、宗教の本質は「帰依」(きえ)、つまり「すがりつく」ことから始まります。

    皮一枚如法残りし初読経