昔ながらの寺々や仏たちを巡って法然は十一月までこの古都にいた。その間に都では七月十一日、天皇家と摂関家の父子、兄弟が牆(かき)に相せめぎ、源平の武者たちも父子、兄弟、叔姪ら相分れての兵乱があったと伝わってきた。 今や古い寺々での仏典あさりど…
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