木魚歳時記第4164話

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 (三)これもまた二十年ぶりに見る秦氏の主人は、初老のような血色を見せながら、頭はすっかりはげて一毛もなうい変わりようであった。しかしむかし、田舎からポット出の一族の少年に寄せた一方ならぬ好意は、今も依然として持ちつづけていた。従妹はあたりに見当たらなかった。
(佐藤春夫『極楽から来た』)825

       おしまひの頁めくりてシクラメン

 「ボクの細道]好きな俳句(1909) 鈴木六林男さん。「追撃兵向日葵の影を越え斃れ」(六林男) 「向日葵」(ひまわり)そのものを越える力が残っていない! ですから向日葵をさけてその影を越えた・・いずれにしても厳しい戦争体験(生と死)の厳しさが伝わって来ます。さて、ボクは、シクラメンの花が好きです。この『木魚歳時記』終刊の時が来たら・・最後の写真はシクラメンか? どうなるか? それは誰にもわかりません!

  さいちのこころ、ふかいほど、
  をやのこころわ、これにまさるぞ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4163話

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 と法然はさも愉快げに短く笑った。彼は本来そういう気さくな性分なのである。今日は最初の布教に好成績をあげてうれしいのであろう。
 清涼寺からの帰路を最初から考えていたとおり太秦(うずまさ)の秦氏(はたうじ)へ立ち寄った。
(佐藤春夫『極楽から来た』)824

       学校に行かない子ども落第す

 「ボクの細道]好きな俳句(1910) 鈴木六林男さん。「わが死後の乗換駅の潦」(六林男) 通勤の途中で見かけた「潦」(にわたずみ)・「水たまり」はもう見かけないでしょう!  さて、児童が学校へ「行く」「行かない」「行けない」は、当事者個々に問題があり、一概にはいえない(と思います)。でも、俳句に「落第」の季語があるくらいです。昔から「落第」はめずらしくなかった? ボクも、小3のとき「行かない」で落第(進級できない)をしました(笑)。今、ようやく「学びのイノベーション」が脚光を浴びようしています。

  だいひのをやわ、じひばかり、
  ごをんうれしや、なむあみだぶつ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4162話

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 おばあさんはさっそくつぶやくようにいう。
「南無阿弥陀仏」
「そうです、そのとおり十ぺん申すだけでよいのです。もうすこし声が大きければ阿弥陀さまになおよく聞こえます。内緒ごとではないのだから」
(佐藤春夫『極楽から来た』)823

     石一つ泥鰌いつぴき春の川   泥鰌(どぢやう)

  都にこころやすからず」とは! まるで保元、平治の乱の上皇都落ちを連想させるようです! さて、ボクは小3のとき、朝から、ランドセルを放り出すと、近くの鴨川で泥鰌(どぢやう)獲りながら、晩まで遊んでいました。川底の平べったい石を外すと、小金色の「アブラ」泥鰌(どぢやう)を見つけたときはうれしかった。「やった~っ」有頂天になりまして。学校のことは忘れていました。
 帰宅すると「明日から学校行きます・・」これが、毎日、続きました(汗)。

  よるのやみ、わたしもやみで、
  やみに、あかりを、つけられて、
  なむあみだぶに、やみとられ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4161話

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 「そんなわけのないことですか。あまりあっさりしていて、たよりないようでございますけれど」
「そのあっさりしているところをありがたいとは思いませんか。でも阿弥陀さまが、ここへ来たい者はどんな不埒(ふらち)な者でも、わが名を呼んでほしい、わが国へ来て住まわせたいとおっしゃっているのです、まさか阿弥陀さまがウソはおっしゃりますまいがの」
(佐藤春夫『極楽から来た』)822

       目まとひに付きまとはれて詩仙堂

 「ボクの細道]好きな俳句(1907) 鈴木六林男さん。「深山に蕨採りつつ滅びるか」(六林男) 作者は、自然豊かな土地に引っ越された? もちろん俳句を作るため(と思います)。ボクも、不思議な縁(えにし)により、比叡の山麓に移り住ませていただきました。ありがたいことです。さて、昨日、突然「目まとひ」の塊りと出会いました。自然がまだ残っているんだ! 子どもの頃「目まとひ」に遭遇した思い出が懐かしくよみがえります。

  よるのやみ、わたしもやみで、
  やみに、あかりを、つけられて、
  なむあみだぶに、やみをとられて。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4160話

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 「おばあさん、往生の話は、ついわけもないことでした。行儀も作法もいりません。いつどこででも思い立った時、十ぺんほど阿弥陀さまのお名をお呼び申しさえすればよろしいとお経文に書いていますし、むかしのジナの御上人さまもいっておられました」
(佐藤春夫『極楽から来た』)822

       すかんぽや北ノ辺町三九五

 「ボクの細道]好きな俳句(1906) 鈴木六林男さん。「血を売って愉快な青年たちの冬」(六林男) ひととき、こういうことも問題となりました。 さて、ボクは「北ノ辺町三九五」で生まれ、そして育ちました。松ヶ崎に移り住んで(6年)になります。集合住宅での生活に多少の違和感もあります。その一つが、各戸が「表札」を揚げないことです。プライバシーの保全? それはともかく、別に、社会のカード決済(デジタル化)が急速に進むことも驚きです。 

  みだのほんぐわん、なむあみだぶつ。
  さいちがたすかる、なむあみだぶつ。
  おやのをじひが、あればこそ。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)
 

木魚歳時記第4159話

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「おやおや、それはごきんとうさまに、ありがとうございます」
 と老女は少し笑いをふくんで、
「こう老いぼれましたので、往生のお話は、その時より今の方がもっと重宝になりましたよ」
(佐藤春夫『極楽から来た』)822

   たちまちに巨きな「ぎぎ」の釣れにけり  「ぎぎ」= 権瑞(ごんずい)  

 「ボクの細道]好きな俳句(1905) 鈴木六林男さん。「夜咄は重慶爆撃寝るとする」(六林男) 満州事変(1931年)のことでしょうか? それはともかく「夜咄」(よばなし)は冬の季語です。茶事懐石の語らいにかぎらず、農家などで長い夜を囲炉裏を囲んで、夜話に時を忘れる。優雅な夜の過ごし方です。ところで、民泊の時、艶っぽい夜話の気配で聞き耳したのは・・誰でしたっけ(笑)。

  ぶつのこころわ、ふしぎなものよ、
  めにわめゑね(見え)ど、はなしができる。
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)

 

木魚歳時記第4158話

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 「忘れるのはあたりまえですよ。二十年も前に、それもたった一度だけ、ここでやっぱりこうしてお茶を汲んでもらったことのあった若い坊主ですよ。その時、おばあさんから往生の道をきかされて何の返事もできず、勉強して今によくわかったらまたお話に来ましょうとお約束した者です。今までかかってやっとわかったな気がしましたのでその時のお返事を、おそまきながら今時分持って来たのですよ」
(佐藤春夫『極楽から来た』)821

       バンジーの咲くころMRI検査  

 「ボクの細道]好きな俳句(1904) 鈴木六林男さん。「さみだるる大僧正の猥談と」(六林男) 大僧正の「猥談」(わいだん)とは! 高僧は猥談がお好き? いやそうではないか(汗)。さて、ボクは、年末から年始にかけて病院通いをしました。そして、いろんなことを学びましました。そのひとつは「加齢」の影響です。(数年前と)どこが違うのか? 正確にはわかりませんが「こんなはずではなかった!」「廊下の手すりにつかまって歩いた」などなど、そんなことがいっぱい起こりました(汗)。

  あなたのじひわ、うまいがをじひ、
  うまいよろこび、させてもろをて、
  『定本 妙好人 才一の歌』(楠恭編)