木魚歳時記第4070話

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 日中の修行としては、はじめ彼はまず九十日を期して法華三昧(ほっけざんまい)を修した。つづいて、常坐三昧(じょうざざんまい)に入り、次ぎに常行三昧(ぎょうぎょうざんまい)にと進んだ。何れも堂内の道場で十七とか九十とか日を限っての修行であった。それにつけても思い起こすのは南都念仏の先達律師(りつし)永観の古跡である。
(佐藤春夫『極楽から来た』)737

        寒中の外はやっぱり寒いのだ

 「ボクの細道]好きな俳句(1817) 稲畑汀子さん。「一枚の障子明りに技芸天」(汀子) いいですね。障子そのものに伎芸天が描かれている。と、読んでもいい。あるいは、障子の明りに照らし出された伎芸天(掛け軸)が、ひときわ、風情をかもしている。と、読んでもいい。まず、読者に映像が浮かぶこと、これが、俳句の基本なのですが、これがなかなか出来ません(汗)。

 樹々(きぎ)の一家 3 彼らは一家を成して生活している。一番年長のものを真ん中に、子どもたち、やっと最初の葉が生えたばかりの子どもたちは、ただなんとなくあたり一面に居ならび、決して離れ合うあうことなく生活している。
 彼らはゆっくり時間をかけて死んで行く。そして死んでからも、塵(ちり)となって崩れ落ちるまでは、突っ立ってたまま、みんなから見張りをさえている。