木魚歳時記

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木魚歳時記 第3858話

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 義朝父子がくつわをそろえて門前に出て見た時、平家の大軍はすでにひしひしと御所を幾重にも取り巻き、平家はここでも一歩を先んじて、平治の合戦は平家の先制攻撃からはじまった。敵軍をぐっと見渡した義平は、
「かく申すは清和天皇九代の後胤、左馬守(さまのかみ)義朝が嫡子、鎌倉の悪源太義平と申す者なり。生年十五歳、武蔵大倉のいくさ大将として叔父帯刀先生(たてわきせんじょう)(官名)義賢を打ちしよりこのかた、度々の合戦に一度も不覚の名を取らず。年をもって十九歳。見参せん」
 と名乗りも華々しく敵のただ中に割って入り、端武者(はむしゃ)どもは目にかけず、ただ大将を目ざして突き進んでいる。
(佐藤春夫『極楽から来た』)542

        灼熱のレールの果ては待避線

 「ボクの細道]好きな俳句(1608) 三橋敏雄さん。「土は土に隠れて深し冬日向」(敏雄) この寒さです、けれど日向(ひなた)に居ると温かい。それでも、土の中は? 土の底をどれだけ掘り下げれば温かい? 日頃、気にしたこともない疑問がわいてきます。さて、比叡山への登山道はいくつかあります。ボクは中学生のころ、雲母坂(きららさか)より登った思い記憶があります。千日回峰(えほう)の行者さんが通うような険しい坂を3時間ほどで根本中堂に至りました。

 水の虻(あぶ)4 「そら、ゴロゴロさんに気を付けな」と彼女らは言う。 向こうの方で、光の槍(やり)の最初の一閃(いっせん)が、音もなく空をつんざく。雨が一滴落ちる。 牛もそれに気がつき、頭を持ち上げる。槲(かしわ)の木のはずれまでからだを運び、辛抱強く息をはいている。