木魚歳時記 第3833話

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 不幸にも敵軍に加わった父や幼い弟たちまでみな手にかけて刑死させた義朝の得たところは、世人からの悪名のほか、朝廷からわずか二名の昇殿とそれぞれの低い官位とだけであってみれば、義朝の不平は無理もない。
 源氏の一族が義家以後一路衰運をたどるのに反して、平家は忠盛一代でこの盛運である。義朝は平家の世渡りに対する敵意と、拙い一族の勢力ばん回の一方便として朝廷のおんおぼえめでたい信西への接近をもくろんだ。
(佐藤春夫『極楽から来た』)520
 
        夜と昼の境がなくて爺昼寝

 「ボクの細道]好きな俳句(1583) 佐藤鬼房さん。「陽はありき十九の夏の小石川」(鬼房) 「十九の夏」の貧しい(そう思います)下宿にも「陽はまた昇る」。この作者の固有名詞の使い方が実に鮮やかです。さて、ボクは、「出汁」と書いて、「ダシ」と読むとは知りませんでした(汗)。ボクの偏った生きざまから、「けったいな」ボクが形成されました(笑)。

 犬(いぬ)6 やがてまた戻ってくると、膝(ひざ)で絞め殺されそうなのもものともせず、無理やり私たちの囲みを押し破って、とうとう暖炉(だんろ)の一角に辿り着く。