木魚歳時記 第1908話

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「走っても疾(はや)すぎることなく、また遅れることもなく世間における一切のものは虚妄(きょもう)であると知って愛欲を離れた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。―蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。」(スッタニパータ)

 「愛欲」を<愛の欲望>と受けとめると、なんだか違和感もあるかと思います。しかしさきに述べたように、仏教でいう「愛欲」は、「渇愛」(かつあい)、すなわち、水を求めて砂漠を彷徨(ほうこう)するような状況を指します。すなわち人間の根源的な「渇き」を満たすための欲望を指すのです。仏教でいう「愛」とは、自己中心の愛欲を離れ、生きとし生きるすべてのものに向けた愛の行為、つまり「慈悲」(じひ)の行為となるのです。

         さあみなさん鷽の貢をごらんなさい

            貢(みつぎ)=雄鷽(おすうそ)の求愛行為