木魚歳時記

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木魚歳時記 第1774話

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 大雅寺 

 江戸時代、南画家(なんがか)の最高峰と称された池大雅(いけのたいが)は、子どものころから神童と呼ばれるほどの画才を発揮していたそうな。だから大雅についてはユニークな逸話も多く残されているそうな。享保(きょうほ)年間に、上賀茂の深泥ヶ池(みどろがいけ)のあたりで生れた大雅(たいが)は、四歳のころに父と死別して、母の手に引かれて千本寺之内あたりに移り住んだそうな。そして、近くにあった浄光寺(じょうこうじ)の通っては書や絵の勉強をしたそうな。そんなわけで、大雅(たいが)の遺言もあって、大雅は、浄光寺に葬(ほうむ)られた。そんなこともあり、浄光寺は、大雅寺(たいがてら)と呼ばれているそうな。 〈浄光寺)

     老鶯のよほど疲れてゐるやうだ