「穢土」(えど)とは、もちろん現在では使われないことばです。ぼくは好きでないことばですが、仏教ではさかんに用いますので・・すこし触れてみます。
「人間は一人で歩いてゆくには
少し小さすぎる」(武者小路実篤『幸福者』)
仏・菩薩の国土である浄土に対して、凡夫(ぼんぷ)の住む現実世界を指して「穢土」(えど)といいます。仏教では「厭離穢土(おんりえど)・欣求浄土(ごんぐじょうど)」のことばのように、煩悩で汚れたこの世を厭い、煩悩の消えた浄土への往生を願うことを説きます。しかし、心さえ清浄であれば、この娑婆世界(しゃばせかい)も光り輝く浄土世界とできる・・すなわち「娑婆即寂光土」(しゃばそくじゃっこうど)の思想のあることも事実です。