木魚歳時記

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木魚歳時記 第641話

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 ぼくは小さな寺の六男坊に生まれました。つぎつぎと兄たちが亡くなり・・ぼくが寺を継ぐことになりました。子どもの頃から親父の念仏(ねぶつ)する声を聞いて育ちました。

  「人生における無上の幸福は、われわれが
      愛されているという確信である」(ゲーテ
      
 歌念仏とは、鉦(かね)を叩き、念仏を歌うように唱えることをいいます。法然上人の弟子の空阿(くうあ)がはじめたともいわれます。元禄から享保にかけて盛んとなり、一定の場所で聴衆を集めるものと、門付(かどづけ)して歩くものがあったようです。いま、ぼくは、子どもの頃に聞いた親父の念仏(ねぶつ)する声を歌念仏のように思い出します。

     わき道に曲りたくなる麦の秋