木魚歳時記

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木魚歳時記 第610話

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 釈尊の説法は、釈尊の出生されたマガダ語であったのでしょうか?弟子たちの口伝(くでん)は地方の言語が用いられたのでしょうか?「結集」(けつじゅう)、つまり編集会議ではパーリ語で統一されたようです。

 パーリ語により、紀元前2世紀頃までに成立した経典(三蔵)は、その後、紀元320頃に全インドを統一したグプタ王朝の成立により、その公用語であるサンスクリット文字に統一されました。そして年月をかけ、タイ、インドネシアなど南方に伝わった経典群はパーリ語のものが、タクラマカン砂漠を越え北方の中国・チベット・朝鮮へは、サンスクリット語で記された経典群が伝えられました。さらにそれらは各国の言語に翻訳され、日本へと伝わりました。わたしたちが、いま目にできる経典は中国語、すなわち漢字で記されたものがほとんどです。

     蕗のたう等高線にならびおり