木魚歳時記 第284話

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老衲は 棒のごとくに くさめかな

 「雲衲」(うんのう)とは托鉢する僧のことです。長身の雲水が、一瞬、くさめが出て立ち止まるのも、人間味があって好きです。

   「ほんとうにあるものは
       <いま>の<ここ>の自分のみ」(佐々木 蓮磨)

 懺悔、第3弾。ぼくは「いちびり」です。いわゆる軽薄短小なのです。ですから、ど~んと落ち着いた人えを見るとうらやましくなります。それに加えて「おべんちゃら」もしますから・・・みんな、ぼくのことを二重人格者と思っています。しかし、これからは・・・