木魚歳時記

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木魚歳時記 第200話

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釣人に 仏心とかや 蓴生ふ

 自分てなんや?ぼくは、他人さまからはおべんちゃらのサトウと呼ばれ、自分ではこだわりの真ちゃんと思って生きてきました。つまり、おべんちゃらとこだわりを足して二で割るとぼくができあがります。

 「人々はわがものであると執着したもののために憂える。(自己の)所有したものは常住ではないからである。この世のものはただ変化し、消滅すべきものである。」(スッタニパータ)

 (この世の真理に)「無知」→(無知により起こる)「執着」→(執着がもたらす)「苦」。このプロセスによる不幸がわたしたちの周囲にはたくさんあります。これを解消するにはこのプロセスを逆にたどる以外にありません。例えば、(老・病・死は嫌だ)「苦」→(老・病・死と向きあう)「ありがまま」→(老・病・死は必ずやってくる)「真理」。このプロセスをたどることです。
 「万物は移り変わる」(諸行無常)。この真理を悟られ、説かれたのが釈迦の教え、仏教です。

    「化石山  沼一ぱいに 蓴生ふ」