木魚歳時記第4912話   

(三)要はただ、つべこべ申さず理屈なしに信じさえすればよい、というのだとわたくしは「一枚起請文」(いちまいきしょうもん)を読む。理屈は信を築かず、かえって迷いを生じ人を不幸にするからであろう。(佐藤春夫 付録章『一枚起請文』) フェレ肉に濃い…

木魚歳時記第4911話 

「但し、三心四修(さんじんししゅう)など申す事の候は決定(けつじょう)して南無阿弥陀仏にて往生するぞと思う中(うち)に籠(こもり)り候なり、此外(このほか)に奥深き事と存ぜば二尊のあわれみにはずれ本願に洩れ候うべし、念仏を信ぜん人はたて一…

木魚歳時記第4910話 

頭をもたげ、力のない手に筆を執り先ず・・・「もろこし我朝(わがちょう)にもろもろの」 と書き起こしつづいて一気に書き流した・・・「智者たちの沙汰し申さるる観念の念にもあらず、又学問をして念仏の心を悟りなどして申す念仏にもあらず、ただ往生極楽…

木魚歳時記第4909話 

「もったいない父とも母とも慕い参らす師を、極楽へお送り申すのは心もとのうございますが。せめてはお教えの奥義をお書き残しいただいてお形見、生涯の身の守りとも致しとうございます」 げに寄るべもない彼である。父師盛も他からは実子かとまで疑われなが…

木魚歳時記第4908話 

建暦元年十一月二十日,五年振りで都に還り入京の日よりももっと盛んな人垣の念仏で迎えられた法然は「されどここの法は人止めんとすれども法はとどまり給わず」と喜んだが、その翌年の新春早々から病床に就いた。五年間にさらされた潮風や谷の嵐が老躯にし…

木魚歳時記第4907話  

建暦元年十一月二十日,五年振りで都に還り入京の日よりももっと盛んな人垣の念仏で迎えられた法然は「されどここの法は人止めんとすれども法はとどまり給わず」と喜んだが、その翌年の新春早々から病床に就いた。五年間にさらされた潮風や谷の嵐が老躯にし…

木魚歳時記第4906話  

こ の策を知るや知らずや、高足鎮西(ちんぜい)の聖光(しょうこう)、西山の証空(しょうくう)さえ各自の伽藍(がらん)を興して寺を号して出身の天台に自ら還宗し勢い叡山の配下に接収されてされてしまうなかで、断乎、敢然とこれに抵抗し関東平野の農民…

木魚歳時記第4905話  

流謫(りゅうちゃく)五年の無住に吉水の僧坊は見るかげもなく荒廃したのを奇貨(きか)として、慈円はその伝領していた青蓮院内の大谷を修復して再び法然を迎い入れた。彼を天台の管する寺内に入れて天台僧として遇するのは親切に似た奸策(かんさく)で、…

木魚歳時記第4904話 

察するに、上皇は先年一時の逆鱗から若年の二僧を斬らせたのみか、累(るい)を老師に及ぼしたのを、年を経てさすがに御後悔あらせてこのおん夢に十一月七日、中納言光親を奉行として、源空の入京の御聴許の宣旨となった。(佐藤春夫 付録章『一枚起請文』) …

木魚歳時記第4903話 

(二)法然は荒廃した勝尾寺の僧侶たちのために一同に法服を、また一切経なくなった寺のためにには自身のものを、京から取り寄せて寄進した。 建暦(けんにゃく)元年の夏、後鳥羽上皇は石清水への行幸で一人の巫女(みこ)から法然房赦免の宣託があったとお…

木魚歳時記第4902話 

柴の戸にあけくれかかる白雲をいつ紫の雲に見なさんと、日夕去来する雲煙の美を見るにつけても浄土に入る日を待ちわびながら、山中の幽棲は四年間にも及んだ。(佐藤春夫 付録章『一枚起請文』) あのころは空白のままサングラス 「サングラス」は夏季となり…

木魚歳時記第4901話 

勝尾寺は箕面(みのお)山の北方にある山中の大寺で大和長谷寺と同年の建立という由緒もあり、その平安朝の全盛期には高野山にも劣らなかったいわれるが、源平の戦時に平家方がここに隠れたため焼き払われたのを熊谷直実らが再建に努力したともいうから、上…

木魚歳時記第4900話 

流刑の勅免はあった。しかし法然は直ちに都に入るを許されなかった。これもやはり南都北嶺への朝廷への思わくであったかも知れない。 法然は押部(今の神戸)で船を捨てると、しばらく滞在して摂津の勝尾寺(かつおうじ)に隠棲の地を定めた。(佐藤春夫 付…

木魚歳時記第4899話 

しかし疑えば良経の旧領にまだ九条家の勢力が残っていたのではあるまいか。さもないと親鸞が越後に流されている事実は理解しにくい。すると法然も讃岐ではないといい切れまい。何れにせよ、法然の流刑は、流された同じ年の十一月に十七日、最勝四天王院の供…

木魚歳時記第4898話 

流刑の地やその日時まどにも諸説がある。しかし流刑の地に関しては、辻善之助教授の『日本仏教史』には「・・・事実は土佐に流されたのであろう。その故は、讃岐は兼実の子良経の領であったが、良経の薨後(こうご)遺領讃岐と越後とを以て土佐に代えた事が…

木魚歳時記第4897話 

しかし親鸞には多くの自らを語ったものがあり、法然にはその門下の師を伝えたものが多い。非常に多い。むしろ多すぎる。門弟たちはその師をわが仏尊く、さまざまに書き立てて多くは伝説化し、またそれが当然に同一でないためそのどれを信じてよいのか迷う。…

木魚歳時記第4896話 

一たい、法然に関する公の記録はほとんど無い。彼が官僧でなかったためであろうが、また、彼を抹殺しようとsた形跡がないでもない。それでも『玉葉』(ぎょくよう)や『三長記』(さんちょうき)など公卿の日記には残っているが、親鸞に至ってはそれもない…

木魚歳時記第4895話 

いわれて見れば、蛇に足を描くそしりは免れないと知りながらも、それではと、書き足りないうちでも特に足りないかと思われる二、三の素材に、ノート代わりに付録として書きつけて置こう。亦(また)、一種の窯変(ようへん)と見られたい。 法然が僧籍から削…

木魚歳時記第4894話 

付録章 一枚起請文 (一)「拙作は前章、第三十三章百七十回でめでたく完結したつもりである。錯雑不備は承知であるが、そのうちに自らな余韻を託し、あとは読者の自由な読み方に委ねて、あれで擱筆(かくひつ)したいのが、作者の本意である。」しかし、編…

木魚歳時記第4893話 

上人は弟子どもを叱って、わしらを無事に逃がしてくれた。おかげで思い出しても身震いの出る怖ろしい一夜であった」「さもあろう、おれは話に聞いただけでも怖ろしい」と定明も力なく答えた。 法然の流罪は申しわけの僅か半年ばかりで、それも塩飽の兼実の荘…

木魚歳時記第4892話  

とまたひとしきり念仏をはじめ『何も分ける物もない。せっかく推参の礼に膝(ひざ)でも貸そう。眠って帰りやれ、お身たちに安眠の場もあるまいが、わしの膝なら大丈夫、安心して眠れよう。わしが守って進ぜるから』といわれて、念仏を子守唄にいい気持ちで…

木魚歳時記第4891話

『ただ、江口の君たちが、たってと取らせた発心(ほっしん)のしるしという黒髪の束、いずれも長くつやつやしいのを二十穂本ほど忝(かたじけな)い志と納めたほかは、わが身の物とては、この手垢だらけの木の実の古念珠(じゅず)が一つ、もめんと麻との黒…

木魚歳時記第4890話

『ご房は世に高名の上人とか、定めし道中のお布施も多かろう。それを分配頂こうとわれら兄弟で参上、お驚かせ申して相すみませぬ』というと、静かに伏せていた眼をかっと見開きただならず光らせて、『それはご苦労、相すまぬはこちらのこと、日々の糧(かて…

木魚歳時記第4889話

「押し入っても念仏は少しのみだれもないで、かえって声に力が入ってくるばかり、その時から気を呑まれていたが、あとがますますいけない。わしは何度となく戦場にも出たが、あんな恐ろしい目にあった事はない。な、青鬼、よぼよぼの老いぼれ法師、一喝すれ…

木魚歳時記第4888話 

その夕方、赤鬼青鬼は飛び出した時の元気にも似ずすごすごと帰った。不景気な顔は問わずして仕事の不首尾を語っていたが、待ち受けた定明が問うと、彼らは大のふきげんで報告した。「小豆島(しょうどしま)から豊島(としま)、男木島(おぎしま)、直島な…

木魚歳時記第4887話  

人のよさが彼を一人前の悪漢にしなかった代わりに、同輩や後輩から常に愛すべき好漢として生活を保障されたのがかえって禍し、悪い仲間から生涯足が抜けなかった。 今さら気をもんでみても仕方ないとあきらめ、勧めるままに旅の疲れをいいわけに早く床につく…

木魚歳時記第4886話 

(五)室の津に来て旧知の家にころがり込み、赤鬼、青鬼を海上の仕事に送って後、彼は上人の昔の小矢児とも知らないが、若者らの行動を想像して落ちつけない。彼には悪漢の素質は絶無であった。ただもののはずみで運悪く、柄にない悪の世界に落ち込み、境遇…

木魚歳時記第4885話 

「やらないでおくかよ」「でも決してあやめるなよ。罰はてきめん、おれは若い時、人をあやめそこねてこの身の上だ」 赤鬼、青鬼は合点してふるまい酒も二、三杯で盃を捨て、「ぐずぐずしていては追つくに骨が折れるから」 と、席を蹴って、夕闇の中に飛び出…

木魚歳時記第4884話 

「わかっているよ。いま海から来たが、途中でその上人の船を見て来た。遊女どもが日傘の下で歌いながら上人の船へ漕ぎ寄せるところを、上人になんで遊女の用があるのかと思ったら、道理で、破戒僧の総元じめの流され上人か」「で仕事はやるな」(佐藤春夫『…

木魚歳時記第4883話 

といわれて、二人のたくましい若者はどしりと座敷へ上り込む。おやじは、彼らを引き合わしていう。「この若い衆たちは今ほど話した頼もしい赤鬼、青鬼どのだ。それでこちらお父っつあんはわしも永年世話になっている兄貴だ。この兄貴がお前さんがたにいい仕…